第15話 《配信者》

「どうもー。今日も始まりましたよぉ。オカルトチャンネルでーす。」

 オカルトチャンネルの配信を始めて一年、登録者数はほとんど伸びないままだが、話したいことを話しているのは楽しいし、その話に興味を持ってくれる人や共感してくれる人に出会えるのが嬉しくて、週一回の配信を続けている。

 小さい頃から不思議なものへの憧れが強く、世界中の不思議な現象については話しても話し足りない程で、配信するネタは尽きたことがなかった。

 幽霊、未確認生物、宇宙人や未来人。まだ人類が見たことのない世界や生物は、この世界に山ほど残っているはずだ。

 そんな未知の何かについて空想を広げ、予想することが私の趣味であり、オカルトチャンネルでの配信内容であった。

「本日お話しするのは、異世界へ行く方法についてです。」

 視聴者の反応はいつも通りといったかんじで、常連ばかりのようだった。

 私もいつも通り好きなことを好きなように喋るだけだ。色々な方法を紹介し、一口に異世界と言っても多くの学説があることを話した。そして最後に

「今回は、紹介した方法の内の一つを試してみたいと思いまーす。」

と、部屋から出なくとも簡単にできる方法を実践してみることにした。

 視聴者の中には心配する声もあったが、ほとんどが賛成の意見だったので、なんとなく私も乗り気になっていた。


 私は今までの人生で、不思議な体験をしたことなど一度もなかった。だが、それが信じない理由にはならなかった。

 心霊スポットと呼ばれる類のものに、足を運んだことはない。降霊術と呼ばれる類のものを試したこともない。時たま空を見上げて未確認飛行物体を探すことはあっても、自分の部屋を出て探しに行こうと思ったことはない。

 兎にも角にも、今まで何一つとして真剣に試したことなどなかった私がこの時だけは、なぜかやる気に満ちていた。何か素敵なことが起こる予感がしていた。


 紙とペンで行うことができる簡単な方法、その結果は明日目覚めた時にわかるらしい。

 なので、珍しく連日配信することを視聴者に報告すると同時に、もう会うこともないでしょう、などと言って今日の配信を終えた。

 動画配信で喋り疲れたのか、私は布団に入ってすぐ眠りについた。


 次の日起きた私が見たものは、何も変わらない自分の部屋だった。

 昨日の期待に満ち溢れた心は、起きた時には冷めきっていた。

はじめから知っていたことだ。

不思議な出来事など、そう簡単に出会えるものではない。


 気落ちしたままで予告通り動画配信を始めた私に対して、視聴者の反応は予想外のものだった。もともと顔は晒さずに配信していたオカルトチャンネルだが、配信者が引きこもりの女子高生であることは公然の秘密だった。そのはずなのに、視聴者は皆"声が可愛くなった"だの"両声類になった"だの勝手なことを言って盛り上がっている。

 つまり彼らの話からすると、私は本当に並行世界の自分と入れ替わったようだ。

 だが、私自身に実感はなかった。長い間家の外に出ていないし、もっと言えばこの部屋からもほとんど出ていない。だから部屋の中の変化しかわからないのだ。

 よく確認してみると、確かにこの部屋には男物の服ばかりだ。だが、それ以外の変化はなかった。結局のところ、確実に変わったことといえば、オカルトチャンネルの視聴者数が増えたことだけであった。


 それから私は、視聴者の反応が少し悪くなる度に"異世界へ行く方法"を実行した。それは行う度に成功し、新しい世界に移ることができた。その上、行う度にオカルトチャンネルの視聴者数は増えていった。テレビ番組で取り上げられるような配信者になり、日本全国から注目される配信者になり、世界からの注目を集め始め、そしていつしか全世界の人々に注目される配信者となった頃、私は何度その儀式を行ったかすら忘れていた。

 今やテレビのどんな番組よりも知名度が高く、私の配信する内容に世界中の人々が共感してくれる。それが嬉しくて仕方がなかった。

 そしてまた、例によって今夜も儀式を実行する。今まで成功し続けてきたのだ、今回も成功するに決まっている、そんな自信に満ち溢れた気持ちを胸に、私は目を閉じた。


 目覚めたのは、見たこともないような景色の中だった。自分の目を疑うことしかできなかった。一瞬夢かと思った私は、つい自分の頬をつねった。

 私が目覚めた場所には、ベッドが無く、パソコンが無く、本棚が無く、部屋が無く、家すら無く、見覚えのないマンションの屋根のような瓦礫が側にあるだけだった。そこは、暑くもなければ寒くもない、砂漠のような場所だった。私は生まれて初めて、途方に暮れた。


 太陽は砂が風に飛ばされているせいなのか、少し霞んでいる。ただただ何も出来ずに呆然と座り込んだまま、空を眺めていた。

「ついに、失敗しちゃった…。」

 もうこの声は、誰にも届くことはないと思った時、初めて涙が溢れてきて、うずくまった。なぜこんなことになってしまったのだろう。こんなことになるなら程々でやめておけば良かった。

 世界中の人々に注目されたなら、次はなかったのだ。これ以上、視聴者の増えようがなかったのだ。

 大きな喪失感と後悔に頭を抱えていると、突然太陽の光が陰った。急に辺りが暗くなったのに驚いて、また空を見上げた。しかし、見上げた視界に空は映らなかった。なぜなら大きな大きな、それはもう果てしなく大きな円盤型の飛行物体が私の頭上にいたのだ。思わず言葉を失って、内心少しだけ浮き足立っていた。

「UFO…。初めて見た…。」

 この先どうなるかはわからないが、今この時だけは観察に専念しようと瞬間的に思った。

 文字通り、未知との遭遇である。


 私が巨大なUFOを眺めていると、UFOからは大きなパイプのようなものが伸びてきた。とてもゆっくりした動作で、不思議と恐怖を感じなかった。近づいてきたパイプの先、断面のように平らであり、複雑な模様が形作られたそれが見えてきた頃、写真を撮られるかのような強いフラッシュを浴びた。そこで私の意識は途絶えた。


 再び目覚めるとそこは、殺風景な部屋だった。机があり、ベッドがあり、本棚があり、クローゼットがあった。

 なんの変哲もない部屋、だが一本の放送が全てを語った。

『おはようございます。あなたはこの宇宙では大変希少な、☆♪→¥銀河の+^/-系$€%°惑星における#=*:種です。ぜひこの部屋の中で、快適な生活をお過ごし下さい。そして、出来る限り長く生き、多くの子孫を残してください。我々は切実にそれを望んでいます。必要なものがある場合は、机の上に置かれた端末からご注文ください。それでは、良い生活を。』

 私は直感的に確信した。儀式は成功していたのだ、と。

 私はついに、地球規模での注目を集めながら動画配信する人物から、宇宙規模の注目を集めながら動画配信"される"生物となったのだ。ただ、もう二度と誰かの共感を得ることはできないのかもしれない。この隔離された部屋の中でこれから生きていかなければならないのだから。そんなことを考えながら、指示された端末を起動してみた。そこにはネット通販のように色々な品物が写し出されていた。

 そこには勿論、紙とペンもあった………

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