第13話 《孤独》
私の生活は満ち足りている。
衣食住は満たされていて、人間関係にも特に問題はない。趣味も充分に楽しめる環境で、職場にも不満はない。こんなに満ち足りている私が不平不満を漏らしたら、他の人に申し訳ないとさえ思う。思い上がりかもしれないが、本当にそう思うのだ。
そんな私の中には、幸せすぎて不安とでもいうのだろうか、小さな小さな悩みが溜まりつつあった。
みんながみんな私に親切で、素晴らしい環境で生きていると毎日実感する。それと同時に、その親切に答えるのを義務のように感じてしまう。
周りが親切にしてくれる度に、この人は私にも同じように親切にしてくれるように求めていると思ってしまう。
自分が望んでもいない笑顔を浮かべて、誰かと笑い合っていることが当たり前のように振る舞う。
その場にいる時間がどれだけ辛くても、それを表情には出してはいけないという決まりでもあるかのように私は生活していた。
電車で一人になると私の顔は無表情に凍りつき、家につけば身体はただの抜け殻のようになってしまう。
普段、他人と接する時に必要以上に気を使っている反動とでもいうのだろう。自分の周りにある平和を壊してはいけないと思えば思うほど、自分の一挙手一投足にプレッシャーがのしかかるのだ。
そんなある日、私は不運に見舞われた。
大事な携帯を線路に落としてしまい、さらにタイミングよくやってきた電車の下敷きになり完全に壊れてしまった。
その瞬間私の思考は停止し、次に何かを考え始めるまでの数秒間、私の身体は硬直していた。
だが再起動した私の思考回路には、新鮮な空気が送り込まれて、今までに考えたこともなかった結論にたどり着いた。
"もう誰にも連絡されずに済む"
私の中で何かが吹っ切れた瞬間だった。
親切な人々に囲まれて生きるのに嫌気がさしていた。もう他人に気を使うのはうんざりだ。
私はそのまま真っ直ぐ家に帰り、固定電話の配線を引っこ抜いた。
その時、これが何度目だろうと考えてしまった私は、現実に引き戻された。
夢から覚めれば、私は一人だった。
何度となく見た夢なのに、いつも夢の中では思い出せない。
2年前に不治の病と診断されてから、誰もいない病室に閉じ込められたままだ。
看病はすべて機械に任されている。
医療が発展した現代だからこそ、正体不明の病を徹底的に大衆から遠ざけた。
全世界の人々が検査を受け、発病者全員が最新の特別病棟に隔離されたのだ。
それによって世界の大多数の人間が感染せずに済んだ。
しかし、隔離される身にもなってほしい。
隔離された人間に対して、決してストレスを与えないよう作られた人工知能の管理するこの部屋。だがその実、人の欲望を完全に満たすことなどできない。一度不満を抱いたが最後、機械の行動全てに苛立ちを覚えるようになった。
そんな私に処方されるようになったのは、"長い夢を見る薬"だった。
その夢の中では、自分の身体が今どこにいるのかを忘れることができる。しかも同じような内容の夢を見ているはずなのに、夢を見ている間は決して思い出せず、目覚めるとその夢はすぐに忘れてしまう。
私が目を覚ましたことに反応した機械が、私の世話をする。
朝食を食べ終えた時、初めてこの部屋に来た時以来一度も開いたことがなかったドアが開き、医者らしき人物が入ってきた。
私の喜びは言葉にならないものだった。
やっと人と顔を合わせて話すことができる。
この部屋から出ることができる。
私は解放されたのだ。
医者は、声も出せずに泣いている私に向かって話し始めた。その話の内容に、私は発しかけた声を再び失った。
医者の姿をした、人にしか見えない機械が言うにはこういうことだ。
隔離された人間以外は、とうの昔に新種のウイルスによって全滅した。いち早くウイルスの発生に気づいたある機関が、全世界からウイルスの抗体を持つ可能性のある人々を見つけ出し、世界から隔離した。そして隔離された人間全てに延命処置を施してきた。
だが、ついに私が最後の…。
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