第11話 《ロボット》
働かざるもの食うべからず。
そう思って生きてきたこの男には、働かないなどという甘ったれた生活は許されなかった。
人間には、日々の仕事に疲れる時だってあれば、少しくらい休みたくなる時だってある。それを押さえつけて今日まで働いてきたが、今までの生き方にふと疑問を持ってしまった時、男の身体はいつもの何倍も重たくなって、職場へ行くことを拒み始めた。
どうして気の向くままに休んではいけないんだろう。どうして自分の好きな時に遊びに行けないんだろう。どうしてこんなに必死になって働いているんだろう。自分の代わりなど、いくらでもいるじゃないか。
身体は男の思い通りに動くまいと、働かなくても良い理由を必死に訴える。しかし男の理性は、どれも甘い考えだと振り払うことを決してやめない。
そのせめぎ合いが、見えない不調となって現れる。頭痛、目眩、耳鳴り、腹痛、微熱。
そんな日々の中で、ふと考えた。
"ロボットになれたら楽だろうなぁ。"
あのコピー機のように、仕事をしなければならない時間は、言われたことをやる以外は何も考えずに身体が勝手に動いてくれたら、どんなに楽だろう。
実に馬鹿げた考えだとその時は思ったが、帰りの電車の広告によって、その妄想は一気に現実味を帯びた。
"人体と機械の融合で、仕事の時間をストレスフリーに!只今、被験者を募集中!"
広告によると、脳には仕事専用の思考回路を作り出す超小型のカプセルを埋め込み、身体には仕事をする時のみ保持器具をつけることで、頭を空っぽにして仕事ができるといった内容であった。
あまりにタイミングが良かったので、これもなにかの縁かもしれないと、広告の連絡先に電話をかけて、詳しい内容を知ることができるという説明会に申し込んだ。
説明会では、脳に埋め込む超小型カプセルの安全性のことやもし何か不具合が起きた時のための保険のこと、被験者となった場合の契約期間と報酬などの話をされた。
男は楽観的な性格ではなかったが、この条件なら悪くはないと納得し、承諾した。
その数日後には手術を受け、機械に補助されての仕事が始まった。
仕事をしている間は上半身に補助器具を付け、頭で別のことを考えていても身体はミスなく仕事をし続ける。人と会話をすることにも問題はなく、プライベートの話なら自分の意思で話し、仕事の電話対応は脳に入れた超小型カプセルが操る仕事用の思考回路が勝手に口を動かしてくれる。
呑気に鼻歌でも歌っていれば、仕事の時間はすぐ過ぎた。
なんて素晴らしいんだろう、と男は思った。
身体はいつもより脱力して仕事をこなし、何を考えていてもいなくても、仕事において何一つミスをしない。そして何より、無駄な行動が一つもないので、無理のないペースで仕事をしているのに、いつも以上に仕事が捗る。
機械の補助を受けながら仕事をこなすの日々の中で、男は変わっていった。
もっと楽に仕事ができないか、と例の会社に相談し、被験者としての報酬をつぎ込んで超小型カプセルに改良を加えてもらい、頭の中だけで趣味を楽しめるようにした。
次は下半身の補助器具を購入。家から仕事場まで、補助器具が足を動かし勝手に向かってくれるようにした。
例の会社は、これ以上改良を加えると脳の容量を使い過ぎてしまい、元に戻せなくなると忠告したが、今の私は機械と共に生きることの素晴らしさを知っているのだ、と男は改良してもらうことを諦めなかった。
男はいつしか日常の全てを、機械の補助に任せて過ごすようになっていった。
その結果、男自身は気づかなかったが、男の精神がストレスを溜め始めた。
脳の回路が部分的に無理矢理作りかえられ、健康的な眠りが阻害されていた。
他にも男の身体が怠け者になり、食生活も乱れてきて、それらも心身に負担をかけることとなった。
男の身体は、不調らしい不調は起こさないものの、確実に弱っていった。
この日、男は寝ながら仕事をしていた。もちろん寝ているのは頭の中だけで、身体はずっと働いていた。ここのところこのようなことが続いており、自分でも何か不調の原因があるのではと考えていたが、それも強烈な睡魔には敵わなかった。
男は無意識のうちに寝ていることが増え、生活全体のリズムもさらに崩れていった。
そんな生活が続いた矢先、仕事が終わっても自分の席の前で、立ったまま帰らないままでいる男に同僚が声をかけた。
「お疲れ様です。今日はすぐに帰らないんですか?」
同僚の声に対して、男の反応はない。
「また仕事したまま寝てたんですか。便利なんだか、不便なんだか…。」
軽く同僚が男の肩に手をかけた。
それと同時に同僚は、奇妙なことに気づいた。
彼が触れた男の肩には、生命の暖かさを感じることができなかったのである。
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