第4話 《サプライズ》

 この男は日常に飽きを感じていた。

 働き始めて20年あまり、来る日も来る日も同じような仕事の繰り返し。普段の生活に飽きてしまうのも仕方のないことだろう。


 男はある日、同僚がやけに楽しそうな表情をしているのを見て驚いた。先月顔を合わせた時とは、えらい違いである。何か良いことでもあったのかと尋ねてみると、同僚はこれまた嬉しそうに話し始めた。

「"サプライズ製作事業所"ですよ。」

「なんだいそれは。」

「日々の生活にサプライズを起こしてくれる会社です。」

「へぇ。そんな会社があったのか。具体的にどんなことをしてくれるんだい?」

「契約によって違うみたいですが、月に1回や週に1回。サプライズの頻度を決めるコースで選んで、その分の料金を支払うと、決められた期間のうちに決められた回数サプライズを用意してくれるんですよ。」

「ふむ。なるほど。それで君にはどんなサプライズがあったんだい?」

「まだ何も。」

「何もないのにやけに嬉しそうじゃないか。」

「まだ契約したばかりですからね。これから嬉しいサプライズがやってくるんですよ。タイミングはわかりませんが。」

「そうか。それを楽しみにしているというわけだな。」

 日々の生活に飽きているなら、そこにサプライズを用意すればいい。おかしなことを考える人間もいたものだ。だが、目の前の同僚のはしゃぎっぷりを見ていると、自分も試してみたくなった。早速同僚からその会社の連絡先を聞き、電話をしてみると、週末に会社まで出向いて詳しい説明を受けることになった。


 都会に佇むなんとも立派な建物。窓口で受付を済ませ、個室に通されて、同僚に聞かされていた通りの説明を受けた。男は、お手軽な値段の月1回のお試しコースを申し込んだのだった。

 サプライズは契約した期間の中でいつ起こるかはわからず、サプライズの内容は一切が秘匿されているとのことであった。つまり、いつ何が起こるかは全くわからないのである。教えられたのは、会社がサプライズを起こした後に、サプライズ完了のメールが届くということだけであった。さて、これで次の瞬間にもサプライズが起こるかもしれない。そんな期待に男は帰りの足取りが少しだけ軽くなった。


 男はいつ来るかわからないサプライズを心の隅で期待し続け、そのおかげでここ数日はいつもより楽しく過ごせている気がしていた。

 そしてついにその時が訪れた。

 仕事が終わり職場を出るとそこには、遠くの田舎へ引っ越して行ったはずの小学校の頃の親友の姿があったのだ。小学校の頃は携帯なんて持っていなかったので、今までお互いの状況を全く知らずにいたが、二人は一眼でお互いを認識し合い、お互いの思い出を語り合い一晩楽しく飲み明かしたのだった。


 翌朝、携帯には"サプライズ完了"とのメールが届いていた。

「そうか、今月はこれで終わりか。」

 男は少し残念な気持ちになったが、それ以上に嬉しい気持ちでいっぱいだった。

 この出来事以来、男はサプライズのある日常というものにはまり込んでいった。男は定期的にサプライズを用意してもらうよう契約を継続し、男の日常におけるサプライズはだんだんと頻度を増していった。月の前半にサプライズがあったら、後半にも欲しくなる。週の頭にサプライズがあったら週にもう一度サプライズが欲しくなる。現状に満足できないのは人間の性である。男はサプライズだらけの日常を送るようになった。


 そんなある日、とんでもない悲報が彼を襲った。"サプライズ作成事業所"が倒産したのだ。あるサプライズで心停止を起こしてしまった客がいたことが話題となり、その翌日には顧客の個人情報が漏洩していたことが発覚。誰にも株の暴落を阻止することはできなかった。


 男はこれからどうしたものかと頭を悩ませた。もちろんあの会社を利用していた多くの客が、また毎日つまらない日々を送ることになると嘆いていた。

 悩んだあげく、男は最初のサプライズで再会を果たした親友に連絡してみることにした。

 すると、親友はこんなことを言ったのだった。

「サプライズなのに、定期的におこるのかい?不思議な話だね。言ってみれば、日常に起こる全てのことがサプライズじゃないか。そう思わないかい?」

 昔よく気が合った親友の言葉は、子供の頃は当たり前のことだったが大人になってすっかり忘れていたものを男に思い出させた。

「たしかに。よく考えてみれば、いつ何が起こるかわからないなんて当たり前のことだったよ。何もないように思えた日常にも、毎日小さな変化を見出せば、それが"サプライズ"なのかもしれないな。」

 親友の言葉に頷いた男の気持ちは、今までにないほどに澄み渡っていたのだった。

「視点を変えて、気持ちを新たに、自分自身で日常の楽しみを増やしていけばいいんだな。…今度、宝くじでも買ってみよう。」

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