第36話

 


美琴姉さんに声をかけてきたのは一風変わった女性だった。


梳かしていないのか、それとも重度の癖毛なのかところどころ髪の毛がピョンッと飛び跳ねている。


年齢は美琴姉さんと同じくらいか、少し上くらいに思えるが服装がちょっと特殊だ。


室内で帽子をかぶっているのだ。


それだけならまだいいが、その帽子には真っ黒な猫耳がついている。


見た目美人系なお姉さんだけに人目をひきつけてしまう。


「あれれぇ~。美琴っち可愛い男の子連れてるじゃん。彼氏ぃ~?」


女性はオレの傍にやってくると、オレの首筋に顔をうずめた。


「君、いい匂いがするにゃ。」


クンクンと匂いを嗅いだ動作をしたかと思ったら、そんなことを言い出した。


オレは慌てて女性から距離を取ると、首筋を両手で押さえる。


「な、ななななななななっ!!」


「こら!寧々子ってば優斗に近づかないの!そして優斗は彼氏じゃなくて弟だからっ!」


美琴姉さんはオレと寧々子さんの間に割り入ってくれた。


「ふぅ~ん。美琴っちってば必死だねぇ~。そっかぁ~弟さんだったんだね。でも、あんま似てないね。」


寧々子さんはそう言ってあっけらかんと笑った。


その言動には悪意があるようには見えない。


でも、美琴姉さんはオレと美琴姉さんが似ていないと言われると気分を悪くするのだ。


「似てなくても私と優斗は姉弟なんだから。家族のことに首を突っ込まないでくれるかしら?」


ほら、今回も美琴姉さんは気分を悪くしてしまったようだ。


オレは別に似ていなくても問題ないと思うんだけどね。だって、オレたちは実の姉弟なのだから。


「おっと。美琴っちそんなに怒らないでよ。別に思ったことを言ったまでじゃん。」


寧々子さんはそう言っておどけて見せた。


それから、寧々子さんはオレに向かってにっこりと笑顔を見せた。


「あたしは、野々村寧々子って言います。よろしくね、弟クン。ちなみに、あたしの名前の由来は猫から来ているんだよ。眠る猫で【ねねこ】なんだってさ。でも眠猫なんて名前は一般的ではないからって理由で寧々子になったそうだよ。」


「は、はあ。」


別に寧々子さんの名前の由来を聞いたわけでもないのに、名前の由来を教えてくれた。


でも、眠る猫だなんて可愛らしい理由だ。


「ほんと寧々子ってマイペースで猫みたいよね。」


「うっふっふっふっふっ。猫みたい!それはあたしへの誉め言葉なんだにゃー!」


おおお。


寧々子さんってば猫みたいと言われて喜んでいるようだ。


その場でくるりと一回転してまるで小躍りしているようにも見える。


って!尻尾!!


尻尾があるんだけどっ!!


「寧々子さん、尻尾!尻尾が!!もしかして、獣人なんですかっ!!?」


寧々子さんは猫の獣人なのだろうか。


寧々子さんの形のいいおしりの当たりから真っ黒で細長い猫の尻尾が見える。


でも、漫画やゲームの世界では獣人って聞くけれども現実の世界で獣人というのはきいたことがない。


「あら~。そうなのよ。あたしは、猫の獣人なんですぅ~。にゃー。なんちって。あいたっ!」


寧々子さんはオレの獣人という言葉に乗っかってきた。


調子に乗ったところを美琴姉さんが頭を軽く叩いて止めた。


「違うでしょ!優斗もよくみて!これは作り物よ。服に尻尾を縫い付けてあるだけよ。ほら、触ってみて。」


「にゃー。猫の尻尾は敏感なのよぉ~。ぎゅっと触られたら痛いのにゃー。」


美琴姉さんは寧々子さんの尻尾をギュッと掴みこちらに渡してくる。


「えっ?あ!ほんとだ。ふわふわしてるけど、作りものだ。あ、よかった。人間だったんですね。」


美琴姉さんが渡してくれた尻尾を触ったら毛並みは確かに猫のようにサラサラとしていたけれども、作り物だということがわかった。


よかった。


寧々子さんは人間だったようだ。


そうだよな。


日本にいて獣人はあり得ないよな。


「もう!なんでバラしちゃうんですかね、美琴っち!!」


「なんでって、優斗で遊ばないでちょうだい。」


「優斗クンってば純粋そうでからかいがいがありそうなのにぃ~。」


「寧々子!!もう!昨日社長に怒られたばっかりでしょ!!他人で遊ばないの!」


「ええ~。社長も美琴っちも硬すぎだにゃ~。もっと遊ばなくっちゃ~。」

 

寧々子さんって自由な人だなぁ。それにしても社長に怒られたって何をしたのだろうか。


気になってしまう。


「あのぉ~。」


「なに?優斗クン?もしかして、あたしの年齢がしりたいぃ~?」


「え?いえ、別に・・・。」


どうして年齢の話になっているんだろうか。オレ、そんなこと聞いていないのに。


「んふっふっ~。女性に年齢をきいたらダメだよぉ~!」


「寧々子・・・優斗はあなたの年齢なんてきいてないから。もう、ほんと優斗をからかうのをやめてちょうだい。」


「え~。美琴っちったら、もっと面白おかしく生きていかなきゃ。」


「・・・はぁ。寧々子はもっと真面目になりなさい。」


美琴姉さんが額に手をあてて深いため息をついた。


どうやら、寧々子が普段からこんな破天荒な性格らしい。


「お待たせいたしましたぁ~。」


と、そこにタイミングを見計らったかのように店員さんがお蕎麦を持ってきてくれた。


頼んだのはオーソドックスな盛り蕎麦である。


「んん~。やっぱ良い匂いだにゃ~。いっただきまぁ~す。」


「えええええっ!!!ちょっと待って!!!」


寧々子さんは良い匂いだと言って、オレの目の前に置かれた盛り蕎麦をずずずぅ~っと啜った。


「寧々子ぉ~!!!」


もちろん。その後、美琴姉さんの特大の雷が寧々子さんの頭上に落ちたのは言うまでもない。


 


 


 


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