第35話

 


午前中いっぱいをかけて、美琴姉さんの部屋の中にあった荷物が全て引っ越し業者の手によって運び出された。


後に残るのはだだっ広く何もない部屋だけだった。


「殺風景だね。」


「そうね。私、ここに住んでいたのね。物があると狭く見える部屋も、なにもないと広く見えるわね。それに、少し寂しいと思ってしまったわ。」


感慨深そうに美琴姉さんは部屋を見回しながら呟いた。


その表情は少し寂し気でもあった。


「美琴姉さん・・・。これからはオレたち一緒に住むことになるんだし、今まで以上にいっぱい話そうよ。」


「優斗・・・。優斗は優しいのね。大好きよ、優斗。」


美琴姉さんはニッコリと微笑むと、オレをギュッと抱きしめてきた。


美琴姉さんの甘い香りがオレの鼻先をかすめる。


「美琴姉さん・・・。オレも、美琴姉さんのことが大好きだよ。」


抱き着いてくる美琴姉さんの背中に手をまわした。


美琴姉さんのことは大好きだ。


これは嘘なんかじゃない。


生まれた時からいつも一緒にいた存在だった。


多分、母さんよりも美琴姉さんと一緒にいた時間の方が長いんじゃないかと思うほど常に一緒にいた。


だけれども、美琴姉さんは高校を卒業すると同時に家から出て行ってしまった。その時は本音を言うと半身が離れて行ってしまったのではないかと思うほど寂しかったのを覚えている。


ずっとオレの傍にいて、守ってくれていた美琴姉さん。


今のオレはまだ学生だけど、美琴姉さんのことをこれからは守っていきたいと思っている。


美琴姉さんが幸せになれるように。


しばらく美琴姉さんを抱きしめていると、どこからか「ぐきゅるるるるる~。」という可愛らしい音が聞こえてきた。


その瞬間、パッと美琴姉さんがオレの身体から離れた。


そうして、真っ赤に染まった頬でこちらを見つめる。


「き、聞こえた・・・?」


恥ずかしそうにこちらを見てくる美琴姉さんを見て、あの音は美琴姉さんのお腹が鳴った音だったんだなと思った。


「うん。聞こえた。美琴姉さん、何か食べに行こうよ。この辺でお勧めのお店教えてくれる?」


「もう!そこは聞こえなかったって言うところでしょ!!」


「ははっ。ごめんごめん。可愛い音だったから聞こえちゃったんだよ。」


「にゃっ!?か、可愛いって・・・。」


よし!美琴姉さんに対して優位に立ったぞ。


いつも美琴姉さんの方が優位だったからね。


たまにはいいよね。


照れて真っ赤になる美琴姉さんはとっても可愛いし。


いつもはしっかりとしている美琴姉さんが、こういう素の表情を見せてくれるのはとても嬉しい。


できるならば、オレにだけ素の表情を見せてくれればいいのにと、実の姉に対する思いとしては若干重たいのではないかという独占欲が生まれてくる。


オレって重度のシスコンなのかな?


「も、もう!優斗がいじめる!私の方がお姉さんなのに・・・。もう!もう!」


ポカポカと胸を両手で叩かれるが、力が入っていないのか全然痛くない。


まるで可愛い子猫が構って欲しいとおねだりしているようにも見える。


「美琴姉さん、そんなことしても可愛いだけだから。ほら、オレもお腹すいちゃった。ご飯食べに行こう。」


「むっ!!」


ぐきゅるるるるるるるる~~~~。


「ふあっ!?」


美琴姉さんがオレを軽く睨んでくる。


その瞬間にお腹に力が入ったのか、美琴姉さんのお腹がまた鳴った。


「早く行くわよ!優斗。美味しいお店を紹介するわ。」


恥ずかしいのを隠すかのように途端に早口になる美琴姉さん。


オレの服の裾をぎゅっと掴んで、引っ張る。


「え?そこはオレの手を取るんじゃないの?服が伸びちゃうよ。」


「うっさい!大人をからかった罰よ。」


「ええっ!?」


「早く行くわよ!」


美琴姉さんはオレの服の裾をギュッと掴んだまま、外にでようとオレを引っ張る。


オレは服が伸びないように美琴姉さんの後に続く。


でも、結局服は美琴姉さんに思いっきり引っ張られたことにより伸びてしまったのだが・・・。


 


 


 


 


☆☆☆


 


 


 


 


「お蕎麦・・・。」


「そうよ。私は優斗よりも大人なんだからね。優斗も大人の味を覚えた方がいいわよ。」


美琴姉さんに連れてこられたのは、手打ちそばのお店だった。


まさか蕎麦が選択されるとは思ってもみなかったオレは純粋に驚いた。


「優斗は蕎麦アレルギーではなかったわよね。」


「う、うん。大丈夫なはずだけど。美琴姉さんってお蕎麦が好きだったの・・・?」


意外だ。


美琴姉さんが家にいたときは蕎麦が好きだなんて全く知らなかった。


「好きになったのは今の会社に入ってから、かな。同僚と一緒にここに来たのよ。それで、今まで食べたお蕎麦とは前々違ってとても美味しかったの。だから、優斗にも食べてほしいなって思って。」


「そっか。確かに混んでるね。」


お蕎麦屋さんには行列が出来ていた。


お店の名前は聞いたことがなかったけれども、蕎麦好きの間では有名なお店なのかもしれない。


「ここのお蕎麦はね、店主が蕎麦の原料の蕎麦粉から自分で選んでいるのよ。もちろん、蕎麦の栽培環境も大事にしているの。無農薬に科学肥料は使わずに育てた蕎麦だけを使用しているのよ。」


「へえ~。凝ってるんだね。」


「そう!でも、その分美味しいのよ。さ、私たちの番だわ。」


美琴姉さんと蕎麦の話をしていると、すぐに呼ばれた。


店内に入るとそこは古民家を改修して作られているようだった。


家を支える柱が普通の家の倍ちかく太くどっしりとしている。


「なんだかお婆ちゃんの家に来たみたいだ。」


「でしょ?懐かしくなるわよね。」

 

「この古民家は築100年なんですよ。」


オレたちの会話を聞いていたのか、席に案内をしてくれた品の良い店員さんが教えてくれた。


築100年の家でも住めるもんなんだな。


オレは感心して辺りを見回した。


「こちらでございます。」


案内されたのは座敷の一画だった。


「あれ?美琴っちじゃん!」


案内されたテーブルに座ろうと思ったところで、美琴姉さんに声がかけられた。


いったい誰なんだろうか?

 


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