第4話
美琴姉さんは、持っていた箸を置いて父さんと母さんを真正面から見つめた。
その瞳は真剣だった。
「会社を辞めたわ。それで、マンションも引き払おうかと思って。この家に帰ってこようかと思うの。」
「・・・会社を、辞めた?」
「まあ!」
「えっ?」
美琴姉さんの発言は思った以上の衝撃をオレ達に与えた。
まだ就職して一年も経っていないはずだ。美琴姉さんに何があったのだろうか。
さっきまで黙っていた父さんは片眉を上げた。
その仕草は父さんの機嫌が悪いときのしぐさだ。
母さんは驚いているようだが、怒ってはいないようである。オレはただ単に驚いているだけだが。
一度決めたことは意地でも通す美琴姉さんにしては珍しいからだ。
「・・・会社を辞めてどうするんだ。」
寡黙な父さんがぶっきらぼうに美琴姉さんに尋ねる。
「大学の友達がベンチャー企業を立ち上げたの。そこで働くつもりよ。いいえ、もうそこで働いているわ。」
「そうか。」
美琴姉さんはもう次の仕事を決めていたようだ。美琴姉さんは相変わらず行動が早い。
父さんは美琴姉さんが他の会社に転職しただけだと知り、機嫌を直したようだ。眉の位置が元に戻っていた。
「美琴、前の会社で辛いことがあったわけではないわよね?」
母さんは、心配そうに美琴姉さんを見つめていた。
「深夜まで続く残業は辛かったわねぇ。しかも年棒制だったから残業代なんてでなかったし。」
「そう。それなら、しばらくは家でゆっくりすればよかったのに。働いてばかりでは身体を壊してしまうわ。」
「でも仕事をしていない期間が長いといろいろ不安になるからいいのよ。」
「・・・そう?無理はしないでちょうだいね。」
母さんはそれでも不安そうに小さく微笑んだ。美琴姉さんは、心配はいらないわ。と言ったように自身を持った微笑みを母さんに向けた。
「美琴姉さん、いつ帰ってくるの?」
「ん?引っ越し業者からの連絡待ち。早ければ来週にでも引っ越しできそうよ。もう荷物はあらかた纏めちゃったしね。」
「そうなんだ。」
「ふふふっ。優斗と一緒に暮らせるようになるわね。嬉しいわ。」
美琴姉さんはそう言って心底嬉しそうに微笑んだ。
オレはその笑みを見て不思議と胸が高鳴った。美琴姉さんは、姉なのに。
☆☆☆
夕飯を食べ終わって、美琴姉さんは父さんと母さんと話し込んでしまった。
オレもその場に居たかったのだが、母さんが部屋に戻るようにとオレを部屋に追い払った。
どうやら、オレに聞かせたくない話があるらしい。
ちょっと疎外感を感じるが、マコトに教えてもらったオンラインゲームをやるにはちょうどいいなとむぎ茶を片手に部屋に戻った。
「マコト、ちょっと教えてくれ。」
『あ、優斗だー。なにー?』
オレは部屋に戻るとすぐにマコトに電話をかけた。
まず、始めにスキルを何にしたらいいかをマコトに確認するためだ。
「ゲーム中か?」
『ゲーム中だけど、優斗の方を優先するよ。どうしたの?あたしに会いたくなった、とか?』
電話から聴こえてくるマコトの声は弾んでいてとても嬉しそうだ。
ゲームを中断させたことに若干の罪悪感はあったが、マコトの嬉しそうな声を聞いたらそんな罪悪感はどこかに吹き飛んでしまった。
「最初に修得するスキル何にしたらいいかな?」
『なんだー。ゲームの話かぁ。てっきりあたしのことが恋しくなったのかと思ったのに。』
そう言ってマコトはケラケラと笑った。
まったくもってマコトは冗談ばかり言う。オレ達はゲーム好きの悪友だっていうのに。
「ゲームの話以外ないだろ?」
『ええー。残念ー。』
「で、お勧めのスキルはあるか?」
『優斗が冷たいから教えないもん。』
「もんってお前なぁ~。」
冗談に乗らなかったら、マコトは拗ねたようだ。
『って言うのは冗談で、正直わからない。』
「え?マコトが?」
どうやら拗ねたわけではないようだ。
『うん。だって無職ってのも初めて聞いたしね。どのスキルが一番マッチするのかわからないよ。例えばあたしは鍛冶師だから、鍛冶のスキルがあれば武器や防具を作ることが出来る。けど、それぞれ成功率っていうのがあるんだ。もちろん成功率が低ければ材料が揃っていても武器や防具はゴミになってしまう。』
「で?」
『成功率は職業とスキルの適性で変わってくるんだ。まあ、後はスキルレベルを上げていけば成功率も上がっていくんだけどね。スキルレベルが低いうちは職業との相性がいいスキルが成功率が一番高いから難易度は低くなるんだ。でも無職はどのスキルとの相性がいいかわからないから正直わからないんだよ。』
「は?」
つまり。無職はスキルを覚えることはできる。けれども、スキルレベルが上がっていくまでは成功率は低いってことか?
つまり、生産系のスキルだと成功率が低くなるため生産できる品がゴミになる可能性が高い、と。
戦闘系のスキルだと成功率が低いとクリティカルヒットがでなくなるとか?もしかしたらスキルの発動すらできないかもしれない。
『ね?わからないでしょ?手探りで勧めるしかないよ。』
「確かに、な。」
『サポートはするからさ、優斗のやりたいようにやるといいよ。』
マコトはそう言って通話を切った。
結局はマコトに頼ってばかりいないで自分で決めろってことだよな。
う~ん。何がいいだろうなぁ。
せっかくだから、一番やりたいスキルを修得するか、な。
そう思いながらオレはキャッティーニャオンラインにアクセスした。
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