#06 同居人のこと



 彼と出会ったのは、木の上だった。

 高くのぼった木の上の、枝の分かれ目で立ち往生していたらしい。

 困っているなら、助けてって言えばいいのに。じっとうずくまって、そうしていればいつか災難は去ると信じているみたいに、大人しくしていた。

 ぼくは大急ぎで屋敷に戻って、脚立とクッションを持っていって、その木の下に戻った。木の根元にクッションを敷きつめて、脚立に乗って、腕を伸ばした。

「大丈夫だから、ぼくを信じて」

 声をかけると、彼はやっとぼくを認めて「ニャア」と返事をしてくれた。


 それが出会い。まだ夏が終わったばかりの頃だった。それから彼は、ときおり庭に訪れて、ぼくのランチからパンだけ奪っていったり、庭に干した服のリボンに喧嘩を売ったり、あるときは二階の窓枠に姿をみせてぼくを驚かせたりした。

 やがて屋敷のなかにまで入ってきて、一番日当たりのいい場所で昼寝をするようになったんだ。ぼくのことを少しは認めてくれたのかな。都合のいいやつだって思ったのかも。

 もちろん、ぼくも歓迎した。

 でも、屋敷には鳥がいるから、彼がいるあいだはとても慎重に過ごしたよ。ぼくが何を大切にしているのか、彼も理解していたみたいで、決してあの部屋には入らなかった。彼は気難しいけど、礼節を重んじるんだ。


 ときどき、二階の窓の外から、鳥篭の部屋をじっと見つめていたことがある。

 もしかしたら、彼は鳥と友達になりたかったのかもしれない。

 でも、その爪は鋭すぎるから、握手をするのも難しいんだ。


 実はね、彼は立派な首輪をつけていた。

 真っ黒い毛に映える真っ赤な首輪で、金色のプレートがついている。

「この子のこと、なにか知らない?」

 お客さんにたずねたけれど、みんな首を横に振った。

「うちで飼えるよ、引き取ろうか」と親切に言ってくれた人もいる。

 でも、当人は知らんぷりをして、温かい床に身体をぴったりくっつけて、ゆらゆらと尻尾を揺らめかせていた。

 まだここにいたい、って言ってくれていたのかもしれない。


 冬が近づいて、ひどく冷えた夜。

 彼は日暮れ前から屋敷にいて、温かい場所を転々としていた。ついにはぼくの寝室にきて、枕元で小さく鳴いた。そっと毛布を持ち上げると、するりと身を潜らせて、ぼくの隣で丸くなる。ふわふわして、温かくて、とても嬉しかった。上機嫌にぐるぐる喉を鳴らす音が、心地よくて安心した。

 その冬、ぼくたちはよくそうして寒い夜をやり過ごしたんだ。

 おかげさまで、今までに比べると、温かい冬になった。



 冬の寒さも和らいだ頃、気づいたときには、あの子の姿は見えなくなっていた。

 毎日一緒にいたわけじゃないし、彼には放浪癖があったようだけど、あれっきり姿を見たことは一度もない。

 多分、帰る家を思い出したんだ。そうだといいなって願ってる。

 もし見かけたら伝えておいて。

 森の屋敷で、ルクレイがまた会えるのを楽しみにしているよ、って。気が向いたら遊びにおいで、って。

 よろしくね。


 それじゃあ、今日の手紙はここまで。

 きみも寒さに気をつけて、温かくして眠ってね。

 風邪を引かないように。


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