#05 占いのこと

親愛なるきみへ


 今日はきみに試してほしいテストがあるんだ。

 では、問題。

 きみは、深い森を歩いています。

 やがてある屋敷に辿り着きました。

 そこできみは鳥に出会います。

 さて、鳥はどんな姿をしているでしょうか?


 これはきみの運勢を知るための占いだよ。

 答えは手紙の最後で。お楽しみに。


 急に「なんだろう?」って思ったよね。

 これは、この前出会った人の影響なんだ。

 彼女の名前はマルグリット。

 占いの内容を忘れたいって言っていた。


 *


 マルグリットは、朝ごはんのバゲットを買った帰り道だったんだって。うつむいて歩いていたら、いつの間にか森に迷いこんじゃったんだ。

「このパンをちぎって落として歩けば、目印になるかしら」

 そんなことを言っていたから、ぼく、つい気になって口出しをした。

「やめたほうがいいよ。鳥やリスや、ねずみなんかのごはんになるだけで、目印には向かないから」

 木の上から声をかけたから、マルグリットはびっくりして、バゲットをぎゅっと抱きしめた。

 ぼくは慌てて木から降りる。地面に置きっぱなしだった空っぽの鳥篭を、危うく踏みつけてしまうところだった。

「驚かせてごめんね。ぼくはルクレイ。きみは、道に迷ってしまったの?」

「あ……なんだ。よかった、街から遠くないのね。私はマルグリット。……どっちに行けば戻れるか分かります?」

「きみがどこから来たか、ぼくは知らないから」

「そうよね、ごめんなさい。あー、どうしてこんなことに……やっぱり占いなんて嘘だわ」

「占い?」

「ええ。今朝、新聞に載っていたの。八月生まれの貴方は、今日は最も運がいい。何をしても上手くいく最良の一日だ、ってね。でも、ご覧のありさま。私は道に迷って、帰り道も見失っちゃった」

「まだわからないよ。これからいいことが起きるかも」

「あなた、前向きねー」

「だって、今日は最良の日だって分かったら、嬉しくならない?」

「なるわよー。そりゃそうでしょ! でも、そのあと怖くなるの。最良の日を過ごせなかったら、どうしよう……占いの結果を覆してしまうほど、私はツイてないのかも……。星に見放された不運な人生。それって余計に心細いじゃない」

「じゃあ、今日は最悪の日だって言われたほうがいい?」

「うーん、それもイヤ。場合によってはね、『今日は最悪の日だから、このくらいで済んでよかった』って思える日もあるんだけど……まず朝一番に、これから始まる一日について『最悪』って決めつけられたら、それこそ最悪よね」

「でも、きみはきっと占いを見てしまうんだ」

「そうなのよ、見てしまうのよ。なんでかな。……やっぱり、最悪な事態には備えておきたいし、最良の日だと知ってわくわくしたい。でも、いざ知ってしまって、そのときの自分とうまくかみ合わなかったときは、忘れたくなるの。占いを見る前の自分に戻りたい、って思っちゃう」

「忘れられる? 占いのこと……」

「上手くいかないわ、大抵の場合はね」

 木の根っこに腰かけて、バゲットをちぎって食べ始めた。ぼくにも勧めてくれたけど、朝ごはんは食べてきたから遠慮した。

「ルクレイは、占い、気にする人?」

「ぼくは、あんまり占いしない人、かな。でも――毎朝、窓を開けたときに、今日はいい日になるかな、そうでもないかな、って考える」

「へー、どんな日がいい日になるの?」

「晴れた日。綺麗な青空の日。雲がのんびり浮かんでる日」

「──なぁんだ、普通じゃない。晴れてる日に落ち込むのは難しいもの」

「そうだよ。それでね、鳥と一緒に空を見る。こんなに天気がいい日だから、きみは行くの? それとも、勿体ないけどやめておく? って」

「鳥……?」

 ぼくは屋敷での暮らしのことをマルグリットに話す。鳥を待ち、鳥を見送る生活のこと。

「鳥はね、今日飛び立ちたいって伝えてくる。だからぼくは鳥篭を窓辺に運んで、もう一度聞いてみる。本当に今日飛び立つの? 晴れの日も、曇りの日もある。雨の日は、大抵、鳥もためらう。また別の日にするって仕草で合図する。でも──天気が悪い日に、それでも飛び立つ鳥がいる。鳥はきっと占ったんだと思う。それで、今日が最良の日だって信じた。だからきっと、鳥は行きたいところまで、どこまでも飛んでいけるはずなんだ。その姿にぼくも元気をもらうよ」

「ふぅん……鳥って勇気があるのね。翼があるからかしら? ……そっか、空を飛ぶんだもの、地面をただ歩く以上に勇気が要るに決まってるか」

 マルグリットはバゲットを食べるのをやめて立ち上がった。スカートについた土を払う。

「私、行く。幸い今日はいい天気。悪天候の日よりも、勇気を出すのに向いてる日だわ!」

「帰り道、分かる?」

「こいつに聞いてみることにするわ。方角占いね」

 足元に落ちていた木の枝を拾って、まっすぐ立てる。

 それから思いきりよく手を離した。ころん、と転がる木の枝の先に、マルグリットはつま先を向ける。

「向こうが、私の帰り道。多分、きっとね。信じて歩くことにする」

「道に迷ったら、大きな声で名前を呼んでよ。ぼく、きみを探すから」

「ありがとう。それでずいぶん励まされるわ。それじゃあね」

「うん、気をつけてね。……あ! マルグリット、きみの今日の運勢は?」

「え? ええ、そうね──なんだったかしら。私、今朝新聞を見たはずだけれど……忘れちゃったわ」

 どこかで鳥が鳴いている。

 それを合図にしたように、マルグリットは一歩を踏み出した。

 結局、マルグリットの助けを呼ぶ声は聞こえないまま。彼女は無事に街に帰れたんだと思う。

 良い一日を過ごせていたらいいな。


 *


 ──さて、占いの結果が気になるよね。

 どんな鳥を想像した? 小さな鳥? 大きな鳥?

 翼の色は、白? 黒? 青? それとも黄色?

 思い浮かべた姿を覚えていて。

 それは、きみに幸運を運ぶ鳥だから。

 その鳥に会えたら、きっと今日は最良の日。

 今日会えなかったとしても、いつか会えるはずだよ。


 きみの一日が、いつも良い日でありますように。

 それじゃあ、また手紙を書くね。


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