#02 たまごサンドのこと
親愛なるきみへ
こんにちは。また手紙を書こうと思いました。
何があったってわけじゃないんだけど…
美味しいものを食べたから、きみに伝えたくなったのかも。
一緒に食べられたらよかったんだけど、そういうわけにもいかないから。
**
ぼくは、好物がひとつ増えました。
マシコートさんのたまごサンドです。
マシコートさんは、三人の子を育てたお母さん。今はみんな大きくなって、それぞれ学校に通っているから、マシコートさんはお昼ご飯を一人で食べていた。友達と食べる日もあるけど、毎日がそうじゃない。
それで気まぐれに森を訪れたところに、ぼくと出会ったんだ。
ぼくが誘うと、喜んで屋敷まできてくれた。
彼女はバスケットにランチを入れていた。
持ち物は、小さな手鍋と茶葉と、たまごサンド。
湖や川で水をくんでお湯を沸かして、淹れたての紅茶と一緒にランチをするんだって。
それがとても素敵な過ごし方だと思ったから、湖まで案内して、二人で一緒にお茶を飲んだ。
その日は、ランチは一人分。
だけど、ぼくもたまごサンドを分けてもらった。
ほんのり甘くて、パンはふかふか。
すごく美味しかったんだ。
それからマシコートさんは、ランチをするために、ときどき屋敷を訪れる。
屋敷で、テラスで、あるいは森の中で、湖のそばで、ぼくたちはランチをともにして、手作りのたまごサンドをごちそうになった。
たまごサンドの作りかたも教えてもらったよ。
朝とれたばかりの卵を丁寧に割って、ミルクを入れて、バターを少しと、塩をひとつまみ。泡立てないよう、やさしく混ぜて、鍋に流して火を通す。
ふかふかのパンにはさんで、できあがり。
「子供たちの大好物よ。朝ごはんにしているのだけど……最近は、いらないって言われることも多いの。学校に早く行く用事があって、朝食は売店で済ませているみたい。わたしの手料理は、もう飽きちゃったのかもしれないわ」
ちょっぴり不安そうに言うマシコートさんは、三人も子供を育てた立派なお母さんというよりは、同じくらいの歳のお友達って感じがする。
湖は昼下がりのきらきらした陽射しに輝いて、とても暖かい。
お腹いっぱいでいい気分で、眠くなってしまう。
「おいしくて、ぼくは大好き。あなたの子供たちは幸運だな。毎日食べられるなんてとても羨ましい。誰かに作ってもらうごはんって、それだけで嬉しいから」
ぼくが言うと、マシコートさんは「もっとまめに来られたらいいんだけど」って言ってくれた。
その気持ちだけでも、ぼくには嬉しい。
「どんな味なのかしら。自分で作る料理って、ほんとうに美味しいのかどうか、ときどき不安になるの。私にとっては、もう当たり前すぎる、なんの変哲もない普通の料理。――もちろん、自分の好みに作っているから、美味しいと思うこともある。だけどほかの人にとっては、どうかしら? もしできるなら……私は、私が作ったってことを忘れて、自分の料理を食べてみたい」
「昔、同じようなことを言った作家のお客さんを思い出した。自分の書いたお話のこと、読者として読んでみたいって。そんなかんじ?」
「そうね……きっと」
ぼくはこんなに美味しいと思っている。彼女にもそう伝えたのに、それでも不安になってしまうんだって。
ちょっと寂しい気もする。
それなら、何度でも伝えたい。
「美味しいよ。マシコートさんのたまごサンド、ぼくは大好き」
「……ええ、ありがとう!」
マシコートさんは、照れくさそうに、女の子みたいに笑ってくれた。
***
明日も、マシコートさんが来てくれる予定だよ。
今から口の中がたまごサンドの味になってて、もう寝る前なのにお腹が空いてきちゃった。
温かいミルクを飲んで眠ることにします。
おやつを食べても、誰も怒る人はいないけど……明日のたまごサンドが楽しみだから。
それじゃあ、また手紙を書くね。
おやすみなさい。
きみが、明日も美味しいものでお腹いっぱいになりますように。
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