第3話 菊花賞と血統ゆえの悩み

 競馬が2015年の秋シーズンに突入し、秋の大目標である菊花賞(芝3000m)へ向けて各馬が動き出す中、キタサンブラックが秋の初戦として選択したのは菊花賞のトライアルレースであるG2セントライト記念(芝2200m)であった。

 日本競馬史上初の三冠馬であるセントライトの名を冠したこのレースはもう一つの菊花賞トライアルである神戸新聞杯(芝2400m。G2)と共に菊花賞への前哨戦ぜんしょうせんとしての役割を担っているのだが、長らく勝ち馬から菊花賞勝ち馬を送り出すことが出来ずにいた。キタサンブラックがセントライト記念を快勝(6番人気)しながらも、直ちに「菊花賞の有力候補」と目されなかったのはそのあたりも影響したのだろうか? 否、他にも原因はあった。



 キタサンブラックにとって最大のネックと考えられていたのは、血統である。



 キタサンブラックの父ブラックタイドは既述の通り三冠馬であったディープインパクトの全兄に当たるが自身に芝の3000m戦を走った実績はなく、産駒もどちらかと言えばマイル(1400m~1800mくらい)から中距離(2000m~2200mくらい)までを主戦場とする馬が多く、長距離で実績を上げた馬は未だいなかった。

 母の父に当たるサクラバクシンオーに至っては早々にクラシック戦線から脱落して短距離(1200mまで)戦に活路を見出みいだし、その後は日本最強の名スプリンターとして歴史に名を刻んだのであるが、こと3000mという長丁場である菊花賞を展望したときに、母父がスプリンターであるサクラバクシンオーであるというのはあまり強調できる材料とはいい難い。むしろマイナスであるとさえ言えた。



 何よりもキタサンブラック自身のここまでの成績を振り返ってみた場合、条件戦である最初の2戦をのぞくと、スプリングステークス(1800m。1着)から皐月賞(2000m。3着)、そしてダービー(2400m。14着)と距離が延長されるたびに着順が落ちてしまっている。特にダービーでの惨敗ざんぱいが記憶に新しい競馬ファンからしてみれば、「キタサンブラックはせいぜい2000mくらいが勝てる限界ではないのか?」と考えてしまっても仕方のないことだった。2200mのセントライト記念を快勝しただけでその懸念が払拭ふっしょくされるはずもない。



 菊花賞を迎えたその日、当然一番人気に支持されてしかるべきであったはずのドゥラメンテの名前はない。春二冠を制したドゥラメンテは陣営が早々にフランス凱旋門賞がいせんもんしょうへの挑戦を表明していたものの、その後故障が発覚して長期離脱を余儀よぎなくされていた。変わって一番人気に支持されていたのは、春クラシックには間に合わなかったものの夏に力をつけて神戸新聞杯を快勝し勢いに乗る素質馬リアファルであった。続く二番人気は神戸新聞杯ではリアファルに敗れてしまったものの春二冠の雪辱せつじょくに燃え逆転を狙うリアルスティール、キタサンブラックはそこから離された5番人気に甘んじていた。

 ただし、リアファルとリアルスティールが全幅の信頼を置かれていたかと言えばそうでもなく、それぞれの単勝人気が3.1倍と4.3倍に止まっていたことからもそれが伺える。



 世代のトップエースたる二冠馬が不在の菊花賞は、だから一筋縄ではいかないというのが大方の見立てであり、キタサンブラックをはじめとする伏兵勢にもチャンスは十分にある波乱の菊花賞となる、というのが当時の一般的な意見であった。

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