第2話 躍進と挫折と

 キタサンブラックがデビューしたのは2015年の1月下旬である。場所は東京競馬場。



 通常、サラブレッドのデビューというものは早ければ二歳の夏ごろ(この場合は2014年の夏)から始まって、特別な事情がない限りは翌年の3月までには最低でも一回はレースを経験しているのが普通であるため、キタサンブラックのデビューは随分と遅めであった。そんな具合であるから、事実上の馬主であった北島氏をはじめ調教師などの関係者一同も「キタサンブラックが本格化(体が完成して活躍出来る状態になる)までには時間がかかる」と踏んでおり、デビュー戦(芝1800m)を3番人気で勝利した時もその時点から「この馬はすごい馬になる」と踏んだ人はほんの一握りの人間に限られていただろう。

 しかし、その一月後に同じく東京で自己条件(収得賞金500万円以下。現在の一勝クラス)のレース(芝2000m)に挑んだキタサンブラックは出走14頭中9番人気という低評価ながらも見事な勝利を収め、連勝でオープンクラスに昇格した。



 この勝利により関係者も三歳春のクラシックレースへの参戦を意識せざるを得なくなり、トライアルレースの出走が検討され、結果として選ばれたのは父ブラックタイドも勝利したG2スプリングステークス(芝1800m)であった。

 スプリングステークスといえば弥生賞ディープインパクト記念(芝2000m。G2)と並んで牡馬ぼば(男馬)クラシック第一弾である皐月賞(芝2000m。G1)への優先出走権を争う歴史と権威あるトライアルレースとして競馬ファンにはおなじみであろう。例年皐月賞を狙う馬たちがハイレベルな戦いを展開していて、キタサンブラックの年も前年の2歳王者ダノンプラチナや、後に幾度いくどとなく激闘を演じることになる共同通信杯(芝1800m。G3)勝ち馬のリアルスティールなどが顔を揃えていた。

 キタサンブラックはそんな面々の中にあって5番人気というそこそこの評価であったが、道中二番手から早めに先頭に立ちそのままリアルスティールの追撃を封じて押し切るという力強い競馬で見事勝利し、めでたく父ブラックタイドとの父子おやこ制覇の達成となったのにとどまらず、「2015年春クラシックの有力候補」として競馬ファンの注目を集めるようにもなったのである。



 クラシックレースというものは原則として登録制になっていて、昔は一定の期限までに登録を行わなかった馬には出走権利が与えられないということもあった。キタサンブラックも先述の通り、当初はクラシックを意識していた訳ではなかったため登録をしていなかったのであるが、北島氏の意向もあって追加登録料を支払ってのクラシック参戦を決め、皐月賞へと駒を進めた。

 そして、皐月賞当日。二戦目から主戦騎手を務めていた北村宏司きたむらひろし騎手に騎乗停止処分が下されていたため騎乗できないというアクシデントがあったものの、代打で騎乗した浜中俊はまなかすぐる騎手の手綱のもとキタサンブラックはスタートで後手を踏みながらも軽快に先行し、最後は勝ち馬ドゥラメンテの脅威の末脚に屈したものの3着に踏みとどまって、敗れはしたものの改めてその実力を示した。



 しかしながら、次のクラシック第二戦である日本ダービー(芝2400m。G1)では血統が嫌われたのか6番人気にとどまり、実際のレースにおいても果敢に先行したものの、これで春に5戦目となったキタサンブラックは蓄積した疲労もあったのか皐月賞のように粘ることが出来ず、生涯で唯一となるふた桁着順に沈んでしまう(14着)。勝利したのはまたしてもドゥラメンテであり、キタサンブラックはこの挫折を糧として秋の飛躍を期し休養に入ったのであった。

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