第4話 現代に生きるということ

 現代に生きる人は何かを持て余している。

 持て余して疲れているし、何をどうしたらいいのか道を見失っている人もいる。道は見えているのにどうしようもないともがく人は数え切れない。

 それは生活が複雑になったからかもしれないし、世の中が複雑になったことに関係するのかもしれない。

 インターネット網が張り巡らされ、深夜スーパーやコンビニがあり、どこでも世界中の人と繋がる携帯電話を持つようになった。私生活に直接複雑化の波が押し寄せているし、ビジネス環境も大きく変わっている。

 そもそも人間は、複雑さに順応できるようにできているのだろうか。

 人間は今日や明日食べることだけに集中しながら毎日を過ごし、寿命がきたら死んでいく存在だったはずだ。食欲を満たし、睡眠欲や性欲を満たす事ができれば、普通に生きていられたはずだ。

 よく考えれば、今だって基本は同じである。

 そこに経済というものが持ち込まれ、序列という現実が人を飲み込み、生き甲斐や幸せ感という概念が脳内に入り、技術革新が押し寄せて経済へ循環するという環境が出来上がった。

 いつの間にか人がその中でうごめくようになっている。

 つまり踊らされている。踊りたいと思っていていたら、実は踊らされていた、ということはよくある。

 分かり良い例がシステム。

 人間は複雑さに対応できないから、システムを作った。そして気付いたらそのシステムに踊らされている。

 ルールを追加し複雑化に対応するために作られたシステム自体が複雑化している。

 何か矛盾がないか。

 複雑化に慣らされて、複雑に物事を考えることがスマートだと思われているけれど、世の中に存在する真理というものは単純かつ少数である。

 廉価版の商品を作るというコンセプトでスタートしたプロジェクトだが、顧客が見栄えや性能で重箱の隅をつつく。

 総論賛成、核論反対の応酬。

 紛糾する会議の中で、それまで黙っていた顧客側の賢い部長が「安いんだからしょうがないじゃない」と言った途端、誰もが口を閉ざして会議室が静まり返る。

 こちら側が口にしたら様々な屁理屈が飛び出し会議はますます紛糾するはずだった真理。

 ときには真理さえまかり通らない世の中、疲れるのは当然だ。

 できればそういったしがらみに翻弄されることなく生きたいものだが、世の中そうそう甘くない。

 この甘くない世の中が今の生きにくく疲れる環境であり、その中で人は何かを持て余す。

 そもそも誰がそれを作ったかと言えば、それは紛れもなく人間なのだけれど。

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