2話

 男は北海道にある町外れの工場で20年以上仕事をしている。いや、これは仕事ではなく単なる作業だ。


 男は高校を卒業後この工場に入社し、それから20年以上の間同じ作業をしていた。


 以前は何度か違う工程もやらせてもらったが、1、2週間もしない間にまた元の作業に戻されてしまうのだ。けれど、そんな事はもう10年も前の話で、しばらく他の工程をさせてもらっていなかった。


 男はこの作業が苦痛ではなかった。自分の能力ではこれが限界だと諦めているので、低給料や最低階級を不満に思うこともなかった。


 過去を後悔する事はあったが、戻れない過去に戻ったとしても、自分の行動力では結局ここに戻る運命なのだと。男は感じていた。


 男はここで働くのは嫌ではないし、残業も嫌いではない。

 働いた。その身体に溜まった疲労が達成感として錯覚できるからだ。

 けれど今日は定時の文字が、後ろのオレンジ色の光によってはっきりと映し出されていた。

 安堵と喜びの情調が工夫達から漏れる。

 終業まで1時間半、皆嬉しさを隠しきれずニヤついた顔を見て、男もニヤつくのだ。


 三直勤務の工夫達が出社してきた。時刻はまもなく終業時間の午前2時になろうとしていた。

 終業のチャイムが鳴り、工夫達は軽い足取りで家路を急ぐ。

 

 男は祖母と二人暮らしであったが、年齢や男の仕事時間もあって、祖母は5年ほど前から隣町の老人ホームに入居してた。


 そんな誰もいない家に帰る前に、男は中古のカローラを走らせコンビニによる。

 車内で夕飯を済ませ、煙草に火を付けて車を家へ向ける。

 肥料の甘く酸の匂いがタバコの煙と混ざり頬を撫でていく。


 男は自分が工場へ戻っている事に気がついた。急いで踵を返そうとしたが、Uターンできる場所を探している間に工場へ着いてしまった。

 3本の煙突からは夜中でもはっきり分かるほど、白い煙が絶え間なく吐き出していた。


 男はシートに強く体を預けてみせた。

 故障したリクライニングは動かないが、少しでも心地よい体制であの白い煙を見てみたかったからだ。


 その吐き続ける煙を目で追っていると一等星が見えた。その星は音を立てて瞬いている。『パチパチ、パチパチ』


 その隣にも小さな星があった。その隣にも、その隣に、沢山あった。男の知らない星々がそこにはあった。


 頭上に瞬く星々を一つ一つ数えてみた。

 男は両手いっぱいに広げてどんな小さな星も見つけては数えていった。


 サザンクロスの星々まで数えたとき男は宇宙の中にいた。


 男の心は満たされていた。星々は男に色々な感情を与えてくれた。

 

 幸せと怒りと欲望に満ちた心は解放されて爆発した。星になったのだ。


 男はさっきまでいた地球を眺めた。

 自分一人消えたところでこの星の運命は変わらないことが分かった。

 地球は暗く暗く回っていた、太陽の周りを。この地球も太陽なければ生きていけないのだ。

 そしてこの男も生きてはいけなかった。


 男は徐々に地球に近づいてゆく。地球の重量がこの体を加速させてしまう。


 男の体は赤から青に、最後には白く輝きながら燃えていった。


残った埃だけが静かに降り注ぐ。


埃は白く積もった。


20200131

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