くっころとか私には関係ないから

虫魔界にはハニーアントという種族がいる。

地中に巨大な巣を作り

働きアリは王アリの為にせっせと蜜を集める。


虫魔界に咲く花々からとれる蜜は極上。

それをさらにハニーアント独自の蜜加工技術で

より栄養価の高いシロップへと作り変える。


奇跡の蜜。


その蜜は王アリの一族しか食べることが許されない。

王族にのみ許された高貴な代物だ。


そのシロップを食べて育った王族アリは

体格も知性も

働きアリのそれとは比べ物にならない。

虫魔界では知らないものはない高級品。


これを食することで力を得るのが常識と言われている。


故に狙われる。

虫魔界では度々この奇跡の蜜をめぐって

他種族同士で戦争が起こるのだ。


その争いで滅びたハニーアント族の巣…いや国は数知れず。

その歴史上避けては通れない争いの種でもあったのだ。


蜜をすべて強奪された国。

一族を奴隷として一生蜜のみを作らせ続けられた国。


そして、蜜ではなくハニーアント族の王族を捕食され滅びた国…。


なぜ蜜ではなくハニーアントの王族を狙うのか?


それは奇跡の蜜で育ったハニーアントというものが――





「——美味、だからだ」


舌なめずりをするカマキリ女。

そう、彼女こそ虫魔界でその名を聞いて恐れる者はいない

虫魔界の美食家カマヨ。


いくつハニーアントという種族の国を滅ぼしたというのか。

たった一人で。


無論ハニーアント族とて猛反撃する。

何千何万という兵隊アリが襲い掛かってくるのだ。


しかし彼女はねじ伏せる。

その両腕の鎌は切れ味の衰えることのない凶器。

切ってもかけることのない金属より頑丈な武器。

そして食事の際のナイフにもなるのだ…。


その強さが認められ

虫魔界を統べる王の目に留まる。


彼女は表向きは忠義深い王の近衛兵。

一切感情を表に出さない隙の無い主に使える忠実な僕。


だが「獲物」を前にすればほらこの通り。



「お前たちはいったいどんな蜜で育ったんだぁあ…?」


舌なめずりでは収まらない涎が

だらしなく口元から滴り落ちている。


城下の人間には一切見向きもせず

この城に足早に向かったのは言うまでもない。


人間の王族はさぞいいものを食っているの違いない。

ハニーアントのように。


きっとその味は蜜を上回る極上の味わいに違いない。

ハニーアントのように。


カマキリ女の直感だ。

人間にも王族がいるに違いない。

巨大な城を見つけた瞬間

本能がささやいたのだ。



あそこに、極上の食材がある、と。



カマヨの両腕の鎌が怪しく光る…。

あんなものに切られようものなら

人間の体など溶けそうなアイスにスプーンがなんかこうすっと入って

丁度良くおいしいねみたいな感じになってしまう!!!!


「お父様っ…」

「後ろにいなさい!!」


心配そうに父の後姿を見る姫。


王は歴戦の勇者。

しかし老いもあって目の前の怪物に太刀打ちできるのか

いや、おそらくただではすむまい。


(…全く隙というスキがない)


どこから襲い掛かってくる?

正面?それとも飛ぶのか?それとも――


「ああ~、いい匂い!」

「!!??」


わからなかった。

王は目の前の敵の出方をうかがっていたのに。

眼ははなしていない!一瞬たりとも!!

だがカマキリ女は今


愛しい我が娘の背後にいる!!!!


「ひっ――」


後ろから抱きつかれた姫。

動けない。

動きようがない。


指も動かない。

瞬きもできない。

呼吸もできない!

滴る汗が

背後の恐怖に耐えきれず噴き出す!


「あら?人間って自分の身体から蜜を出すのかしら?」

姫の首元を凝視するカマキリ女。

汗が止まらないのだ。

その汗がしたたる姫の首筋を

べろりと舐める!


「うぅううンめぁああああああいいいい!!!!」


今まで味わったことのない感動に打ち震えるカマキリ女!

こんな蜜、虫魔界には存在しない!!

ああ、なんて素晴らしいのか人間の王族は!!

これは一刻も早く味わわなくては!!


「おのれぇええええええ!!!!」

「動けば死ぬぞ?」


激昂する王は動きを止めた。


カマキリ女は知っていた。

ハニーアント族もそうだ。

こうやって弱いものを盾にされたら動けなくなる。

それは人間も同じだろうと。


だが結末は同じだ。

動きを止めたものを次の瞬間この鎌で切り殺す。

間合い?関係ない。


カマキリ女の鎌は目で見える以上に長い。

いや、のびるのだ。


今見えている鎌の刀身はほんの一部なのだ。

そう、腕に収納されている。


それを見誤って近づいてきたものは

容赦なく餌食となる。


たった今王はその射程範囲内に足を踏み入れた。


一瞬。その一瞬でいい。


その一瞬さえ、その瞬間があればいい。

カマキリ女が片腕を王に向けてかざすと――


「…して…」

「ンん?」


抱き着いた人間がなにかしゃべったな?


「…く…ころ…して…、お、とう様…にげ…て…!」

「!!!!」


恐怖に震えながら姫は言葉をひねり出す。

自分に構わず逃げろと。

そのためには自分の命は惜しくないと。


王は愛娘の悲痛な叫びを聞きながらも


「お前を置いて逃げることなど…王以前に!親として!!できるわけがない!!!」


一気に間合いを詰める王!

その速さは並の人間ではできない人間離れした動き!!


「く?ころせ?お前ら、これから食われるんだから黙ってろ」


王はカマキリ女の蹴りをくらって勢いよく部屋の壁を突き破って視界から消える。


「お、とう、さま…」


一瞬の出来事に理解できずにただ成す術もない姫。

一筋の涙が、零れ落ちる。


「なんだァなんだァ?そんなところからも蜜が出るのか人間はァ!

 これは体を引き裂くのは最後にした方がよさそうだなァ!!」


涙を流す姫を見たカマキリ女は高ぶる。

まだ極上の蜜が出るというのか?

これは味わいつくしてから身を食わねば損というもの。

カマキリ女はもうあふれ出る自分の涎を抑えることなどできない!!!


「なんだ人違いか」

「は?」


カマキリ女は頭をつかまれていた。

目の前にはメガネをかけた金髪もじゃもじゃテンパの男が一人。


「くっころというワードが聞こえたような気がしてきてみれば

 なんだ気のせいか。魔王様もいないようだ紛らわしい」


なんか勝手にテンション下がっている男。

いつの間にか姫は部屋の隅に。


なにが、おきて――



「ああ、そうそう」


気怠そうに金髪もじゃメガネが何か言う。


「くっころとか私には関係ないから」


刹那。

カマキリ女は――爆ぜた。

跡形もなく消し飛ぶ。

あるのは天井に刺さった鎌っぽい何かがあるだけ。


「邪魔は、消す」


帯電して静電気で髪の毛がこうふわぁあっってなった金髪もじゃ毛。

懐からくしを取り出して髪の毛をセッティング。


その様子を見ていた姫はもう理解どころじゃない。

ただわかるのは――


「…泣くな、人間のそのきたない塩水が大嫌いなんだよ」


姫にハンカチを手渡す金髪もじゃ毛がいたという事だけだった。

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