くっころなんて言ってる場合じゃない

ここは王都。

普段なら多くの人の往来がある活気満ち溢れる町だが

今は人々の悲鳴と町中を覆う蜘蛛の巣――


「うわあああたすけてくれええええ!!」


王都に響く阿鼻叫喚。

人々が次々と蜘蛛の糸にからめとられ

その白い糸で身体をぐるぐる巻きにされているではないか!

わたあめみたいに!!


「こんの化け物めぇえ!!」


王国騎士たちが剣で斬りかかるが

鈍い金属音とともに剣が真ん中からへし折れた。


「そんなばかな――

「んぬふっ」


騎士に蜘蛛男の豪快な腹パンがぶちこまれる!!


「ごぶあふぁあ!!?」


騎士は今朝飲んだヨーグルトをぶちまけながら民家の壁をぶち破り吹き飛ばされる。

蜘蛛男のなんという剛力。そして異常に硬い体。

人間の作った武器などまったく意味をなさない。


「う、撃て、うてえええええ!!」


狙撃兵たちが銃で蜘蛛男に銃弾の雨を浴びせる。しかし――


「あら、なにかの種かしらこれ」


蜘蛛男は放たれた銃弾を手で一つ摘み取る。

天に掲げ珍しそうに見つめる蜘蛛男。

体中に銃弾を受けているが全く微動だにしない。

蜘蛛男の足元には吐き捨てられたスイカの種のように銃弾が転がっていた。


「ばッ、ばきぃえもにょ!?」


ズドン!!

銃声ではない。拳が人間の腹にめり込んだ音だ。

いつの間にか狙撃兵の一人にまたしても蜘蛛男の腹パンが決まっていた。

さっきまで銃弾を物珍しそうに見てたと思ったら瞬時に間合いを詰められていた。

パワーだけでなくスピードも桁違いだ。

狙撃兵はヨーグルトを吐き散らしながらその場に崩れる――


「やあねえ、ちょっと小突いただけなのにおとなしくなっちゃうなんてぇ。

 この世界の生き物はちょっと軟弱すぎやしないかしらあ?

 そんなんじゃあたしたちの世界じゃ生きていけないわよん~?」


数では王国騎士たちの方が圧倒的に多い。対して敵は蜘蛛男一匹。

しかし力の差は歴然!束でかかっていったところで傷一つ付けられない!


「住民の避難が最優先だ!少しでも時間を稼ぐ――


今度は6人ほどが一気に倒れ込む。

いつの間にか、目にもとまらぬ速さで騎士に腹パンをくらわす蜘蛛男。

地面は騎士が吐いちゃったヨーグルトで池になっていた。


「この世界の生き物の体液は白いのかしら?」


圧倒的な力の前に震え上がる王国騎士たち。


「怯むな!一斉にかかれ!何としてもあの化け物を討ち取るのだあああ!!」


うぉおおおおおおあああああああ!!

一斉に蜘蛛男に攻撃を仕掛ける王国騎士!


「——やあん、か弱い乙女に多勢無勢で群がるなんてぇえ♡」


――数分後。


あれだけいた大勢の王国騎士たちは一人残らず蜘蛛の巣にからめとられ

ぐるぐるまきのわたあめ状態となり果てていた。


「なーんか期待外れねえ。この世界の生き物は思った以上に脆いわぁ。

 まあいいわ。運動したらお腹すいちゃった♡」


周りを見渡す蜘蛛男。

そして一つのわたあめに近づいていく。


「一口目はこの子にしようかしら♡」


それは蜘蛛の巣にからめとられた人間の少女。

メガネをかけたおさげの少女は目に涙を浮かべ恐怖で顔が引きつっている。


「んふ♡ ねえ~え?あたしがどうやって食事するか教えてあげるわ♡

 まずこの牙であなたのカラダにブスリと噛みつくの。

 そうすると牙からじゅわじゅわ消化液があなたに注がれて

 暫くするとあなたは美味しい美味しいグズグズのスープに早変わり♡

 あとはそれをんちゅんちゅじゅるりと吸い尽くすのよん♡

 ど~お?最高の食べ方でしょ?あたしの餌になれることを嬉しく思いなさい」


涙目の少女に成す術はない。

蜘蛛男は片手で少女のカラダをわしづかみにすると


「いただきんまぁ~っす♡」


少女の小さな首元に牙を近づける――



―――そこまでだ魔物!!———


「……あら~ん?」


せっかくこれから食事の時間だというのにそれを邪魔された蜘蛛男。

大声でそれを阻止したのは――


「貴様の悪行もそこまでだ!この勇者アドが成敗する!!」

「あたい達のレベル上げの成果…試させてもらうわ!」

「わしの刀…思う存分味わえ…!」


勇者パーティーアドレナリンだった。


「あら、また生きのいい餌が巣にかかったこと♡」


勇者たちは王都近くの平原でレベルを上げ続けてきた。

そして王都の異変を察知し駆け付けたのだ!


「くらえぇえ!!正拳突きぃいいいあああ!!」


蜘蛛男の腹に武闘家レナの正拳突きがもろに入る!!


「あが!?」


「受けろ!!閃斬り!!」


サムライのリンが刀を勢いよく抜刀!!蜘蛛男の足に刀が入る!!


「ふげ!?」


「止めだ!!勇者、回転斬りぃいいあああああ!!」


空中でぐるぐる回る勇者。めちゃくちゃ回転する!!

そのままの勢いで蜘蛛男の頭に勇者の剣がヒット!!


「ぐばあああああああああ!?」


三人の息の合った脳筋技の連続!!

流石レベル上げを行っただけのことはある!!

これでは蜘蛛男も無傷では済まない!!


「全然痛くないわあ」


はずだった!!

ない!!ダメージが――ない!!

ゼロだ!!ミスとかそんなものではない!!

ダメージ、0!!あひぃいいいい!!


「あのねえ。パンチってのはァ…こうすんのよぉう!!」


ゴブォん!!

武闘家レナに蜘蛛男の腹パンがぁあ!!


「——は、ぐ――」


口からヨーグルトがごぽォっとこぼれ倒れるレナ。


「レナ殿!?」

「そしてあんたのその刃物。ちゃんと研いでるのかしらぁ?」


サムライの刀は蜘蛛男のすね毛も斬れていない!!

逆にすね毛で刀が折れているではないか――


ガァボス!!

サムライのリンに――無慈悲な腹パン――。


「…む、…ねん―――」


崩れ落ちるリン。

口からこぼれるヨーグルトが哀愁を漂わせる…。


「そんな――ばか、な――」


絶望で膝から崩れ落ちる勇者。

彼らは必死にレベル上げをしてきた。

魔王を討伐するために――


「なんでだ…どうしてなんだよぉお!!」


武闘家レナのレベルは――7。

サムライのリンは――8。

そして勇者は―――1だった。


1て。


「なんでなんだぁあああああああ!!」


ヴぉぐろ!!

勇者にとっておきの――腹パン。

空高くぶっ飛ばされた勇者はそのまま民家の屋根へ落下し

衝撃で民家は崩壊。勇者の姿は見えなくなった。


「なんだったのかしらあの子たち」


ほんとなんだったんだ。

レベル上げとは何だったのか。


「さて、お待たせしちゃったわね餌ちゃん♡」


ずちゃ、ずちゃ、と足音を立てて少女に向かって歩き出す蜘蛛男。

よほど腹をすかせたのか


「あああん、もう我慢できないわああ!!」


ずちゃずちゃずちゃずちゃズチャ!!

走り出した!少女に向かって!腹減りすぎて!!


「い”だ”だ”ぎま”ぁあああ!!」


ズダァアアアアアアアン!!

突如、本当に突然の――落雷。

一瞬視界が真っ白になったかと思うと轟音とともに雷が落ちた。

衝撃で地面が粉々に吹っ飛び――


「…いかん、魔王様とはぐれたか」


魔王の執事、セバスチュンが落雷した場所に立っていた!!


「魔王様がくしゃみをされたと思ったら見事にはぐれてしまった。

 一緒についてきたメイドもはぐれたかどうでもいい。

 早く魔王様と合流せねば――ん?」


執事が足元を見ると――なんかねばねばした紫色の液体が靴にうわきたね。


「…ッちッ…ガムでも踏んだか?まったく人間は汚物だな」


執事は雷とともに着地した際、蜘蛛男もついでに粉砕してしまったのだ。

蜘蛛男は跡形もなく爆散しちゃった、てへ。


「ここは王都のようだが――ん」


視線の先に見たことがある人間が白い糸でぐるぐる巻きにされている。


「——貴様、メガネ屋の小娘か。こんなところで何をしている。

 寝袋なんぞにくるまりやがって目障りだ。家で寝ろ」


そう言うと帯電した人差し指で少女のクモ糸を焼き切るとその場を後にした。


「—————ぁ」


助けてもらったメガネ屋の少女はお礼を言おうとしたが声が出ない。

執事の背中を見送ることしかできなかった。


「——人間の城の方角に魔力を感じるな。メイドか?

 いや違うな。メイドの魔力はもっとこう、きったねえ」


とりあえず城の方角へ足を進める執事。

なんか王都がやけに蜘蛛の巣だらけでところどころ壊れているが気にしない。

掃除や片付けもろくにできない。人間とはそういう生き物だからだ。

そんなことよりもだ。


「メイドより早く魔王様に合流せねば」


私の方が早く魔王しゃまを見つけたのよトリぃ

とか言ってマウントとってくるからだああうざい。



そのころ王城では――


「王様…!おにげ…ください…」


倒れ込む騎士。

王は愛しい姫を背中に下がらせ剣を抜く。


「お父様っ…!!」

「さがっていなさい」


倒れた騎士を踏みつけてこちらに歩いてくる――カマキリ女。


「どうやら、この巣はアタリのようだ…」


そう言うとカマキリ女は感極まって

不気味な笑みを浮かべる――

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