別魔界の住人はくっころなんて興味ない

突如、空に大きな穴が開く。

その穴から巨大な――ゴキブリが飛んでくる。

羽ばたくゴキブリは大きいといってもスケールが違う。


台所の隅から親指二本分の大きさのゴキブリが

カサカサ壁を這い上がり、それを目で追っていたら突然顔に向かって飛んでうわああ

とかそんなレベルじゃない。


飛び立つゴキブリの大きさはまるで――入道雲。

遠くの山を眺めていたら、あれなんか黒い雲が動いてるな

今日は天気でも悪くなるのかな戸締りしておこう…

え”!?なにあれ!?え”!?あ”!?生き物!?

ゴ キゅ ブる リぃいいい!?


でかい。ただでさえ台所のゴキブリで悲鳴を上げて逃げる主婦がいるのに

こんな大きさのゴキブリ見たら狂気がもう一周回って、さ!洗濯洗濯っ~!って

現実逃避するくらいヤバい。


そんな巨大ゴキブリの頭に三つの影が。 


「ふぅ~ん?案外いいところじゃない。生きのいい餌がいそう♡」


蜘蛛のマッチョ男が涎を垂らす。


「我々がここに来た目的を忘れるなタランチ。

 一刻も早くこの世界のゴミを掃除し

 我らが王の住みよい世界へ作り変えるのだ」


両腕に鎌がついているカマキリ女が釘をさす。


「あら、そんなこと言ってカマヨちゃんこそ期待してるんじゃな~い?

 この世界のゴミはどんな味がするのかって♡」

「ふん」


マッチョ蜘蛛が肘でカマキリ女の頬をつんつんする。


「お前たチ!じゃれてる暇はないぞチ!」

人型の蜂がしゃべる。


「我々が先行できたのは我らが魔虫王様のお力添えがあってこそチ!

 魔虫王様がこの世界に来られるまでに人間とかいうゴミ掃除をするんだチ!!」

「んもう!わかってるわよハッチちゃん!」

「じゃれてなどない」


三匹の虫は魔虫王到着までにこの世界を征服するという。

魔界とは数多くの魔界が存在する。

その中の一つ、虫魔界。

本来、魔界と天界の間に存在する人間界には簡単には介入できない。

人間界に別世界から介入するには膨大な力を必要とし

場合によってはたどり着く前に消滅してしまう。

そもそも世界をまたいで移動することこそ不可能に近いのだ。


しかし、虫魔界の住人はそれを可能にした。

魔虫王とやらの力を使うことによって。

この時点でその魔王が持つ力は神の領域と言えるだろう。


「魔虫王様のご命令通りに動くチ!!

 まずは人間どもの巣を狙うチよ!

 人間の巣には王、女王がいるはずでチ!

 そいつらを殺せばその巣はもらったようなものでチ!」

「つまり、人間の巣を片っ端から攻め落とせばいいのよねん?

 じゃあ、その巣にいる人間はあたしたちの食糧ってことよねえ?」

「勝手にするでチ!なんで餌の事先に考えるチ!!

 はたらけチ!!それを忘れるなチ!!」

「やん、聞いたカマヨちゃん!食べ放題らしいわよん?」

「ふん」


虫魔界の住人にとってこの世界の人間は餌。それでしかない。

別魔界の住人にとってくっころなんて興味ないのだ。


「よチ!では作戦開始でチ!!」


蜂人間の号令で、巨大ゴキブリから別々の方角に飛び立つ虫魔界の住人達。

世界はまさに今、驚異の侵入を許してしまったのだ――!!




そのころ、くっころ魔王は!?


「あ!魔王しゃま、背中にゴキブリが!えいっ♡」


魔王の背中をカサカサしていたゴキブリを手で叩き潰すメイドうわ


「む、またか。最近多いな」

「時期でしゅから」

「そうか」


時期とかあんの?ここ数日でもう何匹ゴキブリを仕留めたことか。

まあ、この古びた魔王城だ。ゴキブリが多くいようと不思議でないが。


「まあ!私の仕掛けたゴキブリホホイに43匹ひっかかってるわ!」


多いわ。ゴキブリホホイってなんだ。


「しかし、これは異常ともいえる数だ。ちゃんと掃除してるのかクソメイド」

「うっせえわねトリテンパ!!ホコリ一つ残しちゃいねえわボケが!!」


嘘つけや。こうやって人差し指でつーっとやれば

ほらみろホコリが――ねえわキモっ


「いや、セバスチュンの言う通りだ」

「しょ、しょんなあ魔王しゃま!?私はちゃんと掃除してましゅうう!!」

「そうではないメイドのメイ。お前はよく掃除をしてくれている」

「あひぃい!」


メイド蕩けんないちいち。

魔王様がそう言うという事はやはり――


「では魔王様、やはりこのゴキブリは」

「ああ。このゴキブリ、邪気を帯びている。

 通常のゴキブリではない。いや、この世界のゴキブリではない」


メイドの前髪がふわってなった。


「——きたな、別魔界から」





「うわああああああ、に、にげろおおおあああ!!」


突如、町を覆いつくした黒い雲。

それは――蜂の群れ。

蜂の群れはこの街の住人を次々と襲っていく。


「きゃぁあああああああああ!!」

「うわ、うわあああああ!!」


女子供容赦なく、老人だろうと家畜だろうと見境なく

蜂はその毒針を差し込んで獲物を仕留めていく。

次々と倒れ込んでいく街の人間達。


「さあゆくでチお前たチ!!

 手始めのこの人間の巣から蹂躙するでチ!!」


蜂の大群の中心で指示を出す蜂人間。

それに従い蜂たちは宙を飛び回り、街の隅々まで獲物を探す。


「どうやらここには人間の王はいないようでチね。

 巣の掃除が終わったら次の巣に向かうでチ」


町の中心の時計塔。

その屋根の上に足をつける蜂人間――


「——んチ!?」


蜂人間の背後に人影が――


「——おそい」


目にもとまらぬ剣撃が蜂人間の胴体を分断させる!!


「なんだとチィイイ!?」


空中でさらに細切れになる蜂人間。

分断した身体を一瞬のうちに切り刻むこの人物は!!


「——やはり、天才か」


天才だった!自称魔王ハンター、マオ!!

キャチンと剣を納めるマオ。どや顔である。


「——!」


瞬時に体をねじり沿って宙を飛ぶマオ。

巨大な毒針が背中をかすめる!!


「素早いやつでチ」


生きていたのか蜂人間!?マオが切り刻んだのは小さな蜂たち!

蜂たちは集合することで蜂人間の虚像を作り出していたのだ!


「———残像か」


舌打ちしながら時計塔の隣の屋根に着地するマオ――


「逃がさんでチ」

「!!」


はやい――

いつの間にか背後に回り込んでいた蜂人間!!

身体の巨大な毒針がマオを乱れ突く!!


「なんでチと!?」


しかし全て空を切る!!それどころか――!!


「でチぃい!?」


危うく首を跳ね飛ばされそうになった蜂人間!

攻撃していたつもりが首元にマオの剣先がかする!!


「それで攻撃していたつもりか?」

「こンの…!!」


マオの周りが蜂の大群に覆われる!!


「チチチ!!これでかわせないでチ!!」


迂闊!蜂人間の毒針はかわせても、蜂の大群一匹一匹の毒針はかわせない!!

――はずだった


マオにまとわりついていた黒い雲が一瞬で晴れる。

周りには刻まれた蜂の死骸がぼとぼたと堕ちていく。


「チチ!?」


どや顔で剣を構えているマオ。

――強い

自分で天才と言うだけのことはある!


(距離を取らなくてはチ!!)


遅かった。

蜂人間の足が斬り飛ばされた。


「チ”ィぃいいいい”!?」


倒れ込む蜂人間に間髪入れず――


「——死ね」


マオの剣が振り下ろされる!!

しかしそれは蜂人間に当たらず屋根に勢いよく剣がめり込む!!

かわされた――蜂人間は空に飛び立つ。

マオの剣速が一瞬落ちたのだ。なぜ?


「チチチぃ。刺されたなァ?おまえぇ~」


マオの左腕が腫れあがっていた。

マオが刺された箇所に口をつけ、毒と針を吸いだして吐き捨てる。


「無駄チぃ。もうお前のカラダには毒が入ったチぃ~」


片膝をつくマオ!体がしびれだしてきているのだ!


「——ッち」

「とどめチぃいいい!!」


蜂人間が巨大な毒針を差し込――

いや、今度は宙に蜂人間の腕が飛ぶ!


「ぎえチ”ぃいいいい”!?」


マオは怯むどころか容赦なく斬りかかる!!

剣速は先ほどよりも増していた!!


(なんて奴だチ!!人間界にこんな奴がいたなんて!!)


足と腕を切り落とされた蜂人間が空中に飛び距離を取る。


「——!?いない!?」


その一瞬にマオは姿を消していた。

どこに?まさか――


「上か!?」


いない!!

どこから攻撃を仕掛けてくる!?あの人間の事だ。

一瞬の油断を隙に斬りかかってくるに違いない!!


しかし、マオは蜂人間から100メートル以上距離を取っていた。

建物の中で息をひそめるマオ。


(想像以上にまずい毒をもらったらしいな…)


左腕がどす黒く変色している。

もう見た目で致死毒。マオの呼吸も苦しそうだ。

もちろん自前の毒消しは打ち込んである。

毒を吸い出したときに毒の種類を判断し

この場で解毒剤を調合して打ち込んだのだ天才か?

しかし、きいている様子はない。

むしろ悪化しているのだ!


(…くそ、意識…が…)


その場に崩れ落ちるマオ。

天才も未知の毒には勝てなかったよ…。

すると倒れたマオの頭にふぁさぁっと長い前髪がかかる――




「どこだチ!?出てこいチ!!」


周囲を探す蜂人間。

あんな奴を野放しにはできない。

あの力は魔虫王の体に傷をつけかねない能力!

ただのゴミではない!この場で始末しなければ!!

すると――


「!!」


町には倒れ込んだ人間ばかりなのに

てくてくと歩く人影が!!


「いぃいたァアアアチぃいいいいい!!」


毒針を構え、そいつ目掛け急降下する蜂人間!!


「くたばれチぃいいいああああ!!」


そいつと目が合った。

いや、前髪が合った。


「あ、でけえ蜂」


ぶしゅううううううううう!!

前髪がもっていた瓶から勢いよく白い粉が噴射される――


「ぎえち”ぃいいいいいいい!!」


ぼとり。

蜂人間が地に落ちた。


「今のが女王バチってやつかしら。まあいいわ。

 蜂の駆除に町人の治療。

 これは報酬が楽しみだわ~」


町中をスキップしながら殺虫剤をまき散らす魔王のメイド。


「ゴキブリだけじゃなくて蜂まで大量発生してるなんて。

 魔王しゃまは別魔界から来たっていうけど

 やっぱり私はそういう時期だと思うのよね。

 あ、そこのジジイ、生きてる?はい解毒剤。ケツにぶち込んどくね」


倒れる町人のケツに次々と解毒剤をぶち込んでいくメイド。

じつはこのメイド、毒の扱いにめちゃくちゃ慣れていて

毒を作るのも解毒するのも朝飯前だった。

魔王に惚れ薬を盛ろうとしたり、執事を毒殺しようとしたり

もう、朝飯前だった。



「———はっ!?」


気が付くマオ。

一体どのくらい気絶していた?


「——あの蜂魔王は!?」


やっぱりあの蜂人間を魔王と勘違いしていた自称魔王ハンター。

急いで態勢を整え――


(——む? なにやら尻に違和感が――)


マオのケツに解毒剤がぶっ刺さっていた――

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