くっころと言っていた時期が俺にもありました

「ん?」


執事が振り返るとそこは人ゴミ。

王都の大通りをメガネ屋の娘と歩いている執事。


(視線を感じた気がしたが気のせいか)

「どうかしましたか?」

「フン、なんでもない。まだつかんのか店には」

「この路地を抜けると近道なんです。ちょっと狭いですけどこちらへ」

「…はァ…」


ため息交じりに少女に案内されて人気のない路地へ入る執事。

さっさとメガネを受け取って魔王様の元へ戻らねば。


ふと執事は少女に案内され店に向かうという光景に

過去の出来事を思い出す。


(魔王様にも案内されて向かった店があったなそういえば…)


それは執事が魔王と出会った頃のお話――




【雷狼】

その名を聞いて当時震え上がらない人間はいなかった。

金色の狼男。その身に雷を宿し破壊の限りを尽くした――魔王。

雷狼は自分を魔王と名乗ったことなどなかったが

その暴虐の限りを尽くしたその姿を人は魔王と呼ぶようになった。


『くだらん』


魔王は暴力の象徴?実にくだらない。

呼びたければ勝手に呼ぶがいい。俺は破壊するだけだ。

力?金?女?名誉?領土?

そんなものはどうでもいい。

俺は生まれ持ったこの力を呪う。

破壊し蹂躙すれば現れるのだろう?勇者とやらが。

だったら早く俺を殺しに来い。そして――


呪われた俺を開放してくれ――


しかし、勇者と呼ばれる強者は現れなかった。

いや、雷狼に挑んだ猛者は実際数知れず現れたのだが

そのすべてを粉砕してきたのだ。

雷狼は十分魔王と恐れられるだけの力を持っていたのだ。


――誰も、彼を止めることができなかったのだ――


あの男に出会うまでは。


『…くっ…ころせ…』


金色に帯電した美しい毛並み。

大の字で倒れた狼男はそう言った。

黒く濁った空を見つめる。

傷は深く、自分で命を絶つこともできない。


『いいだろう』


黒衣の男は雷狼めがけ闇の黒弾を放つ。


――これで、俺は――



何も起きない。それどころか――


『傷が…!?』


雷狼の体は人間の姿に戻っており

戦いで傷ついた身体は元通り回復していた。


『貴様ァ!!なんの真似だ!?俺を哀れんだのかッ!?』

『え?』


え、なんでこいつキレてるの?

傷を治してやっただけなのに。あと――


『呪い、消しといたから』

『な”ッ!?』


雷狼にかけられた呪い。

それは自分でも抑えられぬ永遠の破壊衝動。

そう、雷狼は破壊など好んでしたくなかったのだ。

別に戦いたくて戦っていたわけでない。

それをこの男は――見抜いていたのだ。


『な、なぜ…』

『え、だってお前、戦ってて全然楽しそうじゃなかったから』


楽しそうじゃ――ない。

一体どんな面構えでこの男と戦っていたというのか。

ってかなんだよ楽しそうじゃないって。

それだけで俺が呪いに侵されていることを見破ったのか?


パチンと黒衣の男が指を鳴らすと全裸だった雷狼が一瞬で執事服に。


『変身すると服が破けるのは仕方ないよな。

 あ、それ我の城にある服だから好きに使ってくれ。

 安心しろ。洗濯してあるから』

『………ふっ』


思わず鼻で笑ってしまった。

なんなんだこの男は。


『久々に動いたからのどが渇いた。

 どうだ?一杯飲みにいかないか?

 うまい炭酸水が飲める店を知っていてな――』


まてまてまて、手を引っ張るな飲みに行かないかって返事もしてねえだろ

つれていく気満々じゃねえか。ってかなんで炭酸水?


『あ、そういえば我ってば名を聞いてなかったな?』

『…俺に名前などない』


唯一人間どもに雷狼とか呼ばれていただけで

生まれてこの方名前などというものに縁はなかった。


『じゃあ我がつけてやろう!キンパツーンは?』

『断る』

『もじゃげーんは?』

『断る』

『テンパーンは?』

『断る』


なんで俺の髪の毛から名前を取ろうとする。

というか名付けていいなんて言ってねえだろ。

あと最後に「ん」つけるの気に入ってんのか?


『ついたぞ』

『はやっ』


いつの間にかさびれた酒場の前に来ていた。


『まあとりあえず一杯飲もうじゃないか』

『…フン』


命を懸けた戦いに負けた俺に拒否権はない…そういうことにしておいてやる。


『お前のおごりでな!』


俺のかよ。誘ったのお前じゃん。




「つきましたよ!」


少女が店に着いたことを告げる。

はや…くはないが、俺が思い出に浸っている間に着いたので多少は早い気もする。

…なんだこの薄汚い店は。今にもつぶれそうじゃないか。

まあ、矮小なゴミどもが住むにはちょうどいい小屋なのだろうが。


店内に入ると…なるほど。小娘が種類豊富と言っていただけあって

様々なメガネが置いてある。


以前使っていたメガネは魔王様の城にあった古いものだった。


「では視力の検査をしますので、こちらの椅子に座ってください」


そう小娘に命令されて椅子に座る。

なんだ?メガネなんて形がよければそれでいいのでは?


「…まあ、すごく視力が悪いのですね」


うるせえぞ小娘。


何やらカウンターの向こうでカチャカチャ手を動かす小娘。


「…こんな感じかな。どうぞかけてみてください」


メガネを手渡されさっそくかけてみると


「…!? なんだこれは!?」


世界が鮮明に映る。

以前のメガネの時と違ってぼやけもしない!

これは大したものだ、褒めてやろうメガネ屋!


「気に入った」

「あ、ありがとうございます!」


さて、もらうものもらったし帰るか。

よもや小娘。人間の分際で俺に金を出せなどと言うまいな?


「お代は結構ですので!」

「——なに?」


貪欲な人間に似付かわしくない言葉が聞こえたが気のせいか?

金はいらないといったのかこの小娘は。なぜだ?


「…あ、あの…その…覚えていたらで…いいんですけど…」


なんだこいつ、急にもじもじし始めたぞ。


「む、昔、あなたは一人の女の子を助けたこととか…ありませんでしたか…?」


は?

助ける?俺が?何を?メスガキを?人間を?

ねえよ。頭沸いてんのか?


「か、勘違いでしたらごめんなさい!

 その、自分を助けてくれた人に…お姿が似ていたもので…」


なるほど。恩人だと思ってメガネをタダにしたというわけか。

どうやら人間の眼というのは腐っているらしいな。

俺にそんな過去などない。


「勘違いだな」

「ご、ごめんなさい!でもお金はいりませんので!」


あっそ。

メガネが手に入ればこんなところに用はない。

さっさと出ていくとするか――


その時、店の扉が蹴り破られる。


「おいクソガキ!!今日という今日は金払ってもらうぜ!!」


柄の悪いオスゴミどもが入ってきた。


「ま、待ってください!あと一週間だけ――」

「あ”あ”!?お嬢ちゃん前もそういってたよなあ?

 お前さんの一週間はどんだけなげえんだよゴラア!!」


店の棚を蹴り倒すゴミども。


「金がないならお嬢ちゃん。わかってるね?

 てめえのカラダで払ってもらおうじゃねえかあ!!」


今度は店の入り口が男どももろとも爆散する。

帯電した拳を突き出していた執事。


「道を開けろゴミどもが。俺が帰るんだぞ」


何事もなかったかのように歩き出す執事。

その後姿をじっと見送る少女。


「…やっぱり…あの時の人だ…。

 また、助けてくれた…」


執事は気付いていない。

人間に全く興味がないので気にも留めていなかったのだが、

執事はかつてこの少女を助けていた。


それはまた、別のお話――

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