天使のくっころのなんとはしたない事か

――天界。

そこは天使が集う天上の楽園。

人間界で善行を積んだ生命は天界に送られ

逆に悪行を重ねたものは魔界に堕ちる。


天界の住人は基本的に人間界に干渉しない。

しかし、魔界の住人とはしょっちゅう戦争しているので

間に挟まれる人間界が巻き込まれることもしばしば。


それを避けるため天界の責任者である天使長は

今日も人間界で天使と悪魔が喧嘩していないか見張っている。

――双眼鏡で。


「あらあらまあまあ!最近の人間達はとっても情熱的なのね!

 人気のない夜の公園で男女が接吻を…まあ!

 そんな!そんなことまで!え!?それは何に使うというのかしら!

 えぇえええ!最近の流行りなのかしら!

 ねえ!どう思う?あえぐちゃん!」


「アエルです、天使長」


双眼鏡で人間界を盗み見する天使長をジト目で見つめる部下天使。

名をアエル。彼女は五人姉妹の長女。彼女には他に

イエル、ウエル、エエル、オエルという妹がいる。

ア行天使といわれる天使たちだ。


「と、いうか真面目に見張ってください天使長!

 なに人間のアベックのいちゃつく所をガン見してるんです!」

「あら、興味ないのかしら?」

「な!? k、興味なんてそんな…」

「あるんでしょぉ~?」

「~~~ッ、んもう、怒りますよ天使長!」


今日も天界は平和だった。


「そ!れ!よ!り!」


アエルが腰に手を当ててズビシと天使長を指さす。


「魔王の監視は天使長の務めじゃなかったんですか!?」

「あら、そうだったかしら?」

「そうだったんです!」


魔王と言ってもこの世界では自らを魔王と名乗るものが多く

その中でも危険性が高いものを中心に見張るのが天使の役目。

天使長が監視するという魔王とはもちろん


「くっころ大魔王ね」


くっころ好きの魔王であった。

くっころというワードを聞いて難しい顔でアエルは天使長に問う。


「前々から思ってたんですけど、くっころって何ですか?」

「え!?あえぐちゃん、くっころ知らなかったの!?」

「アエルです。なんでルがぐになるんだ」


なんてことなの…まさか私の可愛いあえぐちゃんが

くっころ大魔王の恐ろしさを知らず今の今まで会話に参加していたなんて!

なんでも知ったかぶりたいお年ごろなのかしら!

あらあらまあまあ!


「ほんとに、くっころを知らなかったの!?」

「はい。なんですかくっころって?

 くっせえコロッケの略ですか?」


なにそのコロッケどんなにおいがするの!?

くっころをちゃんと伝えられてないなんて天使長失格ね…いいわ、教えてあげる。


「くっころ大魔王の恐ろしさを!」




くっころ大魔王の脅威を恐れた天界は

魔王城に強襲をかけた。

すべては世界の安寧のために。

先陣を切ったア行天使たちだったが――


「きゃあああああああ!!」


魔王一人に戦いを挑んだ五人の天使たちが一瞬で吹き飛ばされる。


「…愚かな天使どもだ…。我に勝てるとでも思ったのか?」


魔王がパチンと指を鳴らすと

五人の天使は闇の魔力で形成された十字架に張り付けられてしまう。


「くっそ!!はなしやがれ!!」

ア行天使三女のウエルがもがく。

しかし、抵抗むなしく十字架から解放されることはない。


「ほう、粋がいいな貴様」

「な、なにしやがる――や、やめろお!!」

「ウエルっ!!」


アエルの叫びは届かず

魔王はウエルの口にどす黒くグニョグニュうごめくナニカを

無理やりねじ込んだ――


「———ッ!!んぐ、んぐぁあああああああ!!」


うごめくナニカがウエルの口から喉元をごヴりとうねり込んだかと思うと

先ほどまで勢いよくもがいていた身体はだらんと脱力し動かなくなった。

呆然とその様子を見つめるしかできないアエル。

するとウエルの純白の翼がみるみる黒く染めあがる。

――堕天だ。


「う、うそ…ウエルが!!」

「ウエルお姉ちゃんッ!!」

「…ひっ!」


次女のイエルは首を横に振りながら変わり果てた妹を見つめ

四女エエルは必死に姉に呼びかける

末っ子オエルは怯えてガタガタ震えている…


「さて、次は…」


魔王が妹たちに近づいていく


「や、やめろおおおぉおおおおおおあああ!!!」


アエルの声を聞いてか聞かずか

魔王は次々と天使たちを――堕としていく――


その様子をただ見る事しかできない長女アエル

妹たちを助けられず流した涙

絶望の表情。その眼に光はない。


「——くっ――ころ――せ――」


完全に戦意を喪失し、がくりとうなだれるアエル。


「くッはぁああッはッはッはぁあああああ!!」


魔王の高笑いはいつにも冴えて狂喜に満ちていた。


「天使のくっころは身に染みて甘美であるなァ」


満足そうに天を仰ぐ魔王。


「望みどおりにしてやろう。天界の住人よ」


パチンと指を鳴らすと

妹たちを縛り上げていた十字架は消え

その場に倒れ込む妹天使たち――


そして、4人の堕天使がゆっくりと立ち上がる


「——そん、な―お前たち―――」


妹たちは姉が縛り付けられている闇の十字架に群がる。

そしてかつて妹だったものたちが姉に――


「ああ、白い肌…綺麗なお顔のアエル姉さま…その血はどんな味がするのかしら」

イエルは姉の首筋を舌で這わせる。


「俺は姉貴の心臓が喰いてえんだ…なあ、いいだろ?」

ウエルは姉の胸に顔を埋め、心臓を食わせろと舐りねだる。


「だめよウエルお姉ちゃん。それではアエルお姉ちゃんが死んじゃうわ。

 手足の先からゆっくりと食べてあげないと…」

エエルは姉の指先を口に含ませ、舌の上で愛おしそうに甘く舐め噛む。


「お姉さまたちするいです。たまにはオエルがおいしいところ欲しいです」

オエルは姉のふとももに口づけをすると品定めをするように身体を弄る。



「や、やめろ…お前たち…!やめてくれえ!!」

抵抗するアエルの声はもう妹たちには届かない。

その様子を玉座から頬杖をついて観覧する魔王。


「天使のくっころのなんとはしたない事か…」


まるで遊んでいた玩具に飽きたかのような態度。

そして、終わりの合図を告げた。


「さあ、お前たち!愛しい姉を貪り食え!

 遠慮はいらんぞ。なぜなら――」


魔王の顔が邪悪に歪む


「姉がそれを――望んだのだからなァア?」


それを合図に4匹の獣が一斉に一人の天使を貪る。

黒い翼に交じって純白の天使の羽が

儚く舞い散るのだった――。




「う”わ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!」


天使長の例え話を聞いてその場にうずくまるアエル。


恐ろしい…くっころとはそんなにおぞましく邪悪な所業だったとは!!

このまま魔王を放置すれば可愛い妹たちが…妹たちがあ!!


「安心してアエル」


震えるアエルをやさしく抱きしめる天使長


「……天使長様…」


涙目のアエルは天使長の温もりを感じ――


「堕天するときはみんな一緒よ」


安心できんわ堕天はくいとめるって言えやせめて

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