この私がァ…くっころ…だとォオア…!?

人気のない真夜中の街道を一人歩くポニーテールの女性

月明かりが彼女の姿を淡く照らす。

彼女の名は自称魔王ハンター【マオ】


自分は世界にはびこる数々の魔王を駆逐しているなどと供述しており

実際に魔王を倒してるのかは不明


というかこの世界魔王そんなにいるの?


彼女はあまり人と関わろうとしない

人間社会に溶け込めていないのだ。

群れるのが嫌いらしい。


ギルドにも所属していないので

仮に魔王を倒したとしても

誰からも評価されることはない。


――だが、彼女はそれでよかった。

なぜなら、彼女が生きる意味こそ

自身の剣術を存分に振るいたい

この一点に尽きるのだから――


今日も彼女は獲物を求めてさまよう。

しかし、都合よく魔王なんて現れるわけもなく

いかにも魔王がいそうな場所を求めて旅をしている――



「魔王様、困ります。こんな真夜中に勝手に外出されては」

「…フ、すまんなセバスチュン。

 我もこんな夜は一人で、くっころをたしなみたくなるものなのだ…」

「意味わかんないこと言ってないで帰りますよ」



――いた。


男二人が目の前をトコトコ歩いている。相手は本当に魔王なのか。

まあ、どうでもいい。

なぜなら魔王という言葉を口にしたのだから。


「おい、貴様」


「?」

「あ”?」


魔王と執事が振り返る。

執事はガムを踏んで靴底がうわもう最悪だよ誰だよこんなところにガム吐き捨てたの

みたいなブチギレ具合で睨みつける。


「さっき、魔王と言っていたな」

「だったらなんだというのだメスゴミが」


口が悪い執事。

マオの口元が喜びで歪む。

――今日は本当についている――


「私は魔王ハンターのマオ。今から貴様を狩る――」


腰に装着した長剣を引き抜くと

地を蹴り、一気に距離を詰めてくる。


「サンダー」


執事が呪文を唱えると

夜の闇からいきなり雷が轟音を立ててマオに叩き落ちた。

あ~、やっちゃったよ。もろじゃんもろ。

これで人間のメスの黒焦げ焼帯電仕立ての出来上がり――


――いない――


焦げたのは地面と執事が喰いそうな草――いや食わねえから。


「どこに呪文を打っている」


執事の足元にいつの間にかしゃがんだ体制で剣を構えていたマオ。


――コイツ、まさか――


「死ね!!魔王ッ!!」


執事めがけて一気に剣を振り抜くマオ――


「俺を魔王様と勘違いしてんじゃねぇえゴミぃいいいいいあああ!!」


マオの脳天に――ゲンコツ。


「がぁあぶぁ!?」


そのまま地面に叩きつけられて

もうなんか地面がベコォってなって陥没する。

電気を帯びた執事の拳を食らったマオは

しびれているのかビクンビクンと痙攣しながら突っ伏す。

自慢の剣はスナック菓子の残りカスのように粉々だった。


間を開けずに執事はマオの頭をアイアンクローして持ち上げると


「くっころって、言ってみろ」

「がぁあ…!?なん…だと…ォ…!?」

「くぅ~、殺してください~って、言えって言ってんだメスゴミぃ」


あ~、ちょっと違うぞセバスチュン。おしいけど違うぞ。


「…くっ…ころ…だ…と?…ぐぁああ!」

「さっきの無礼はそれでチャラにしてやると言っているんだよ」


執事の手からめぎめぎ音が鳴ってる。


「よさんかセバスチュン」

「はい」


ぱっと手を放す執事。

マオはようやく解放されるが未だにまともに動けなかった。


「くっころはあんまり強引が過ぎるといけないんだぞ」

「は、はあ」

「絶妙な力加減じゃないといけない。それでは一方的過ぎて

 くっころの余韻が生まれないんだぞ」

「は、はあ」


くっころについて魔王のレクチャーを受ける執事。

なるほど、くっころとは非常に繊細な敵の仕留め方らしい。

それをなんなくこなす魔王様はやはりただものではない。


「そろそろ帰ろう。メイドのメイが心配しているころだろう」

「この人間のメスは放っておいてよろしいのですか?」

「そっとしておけ。今どきのキレる若者は目についたものに八つ当たりして

 心の霧を晴らしたい年ごろなのだ。胸を貸しただけで十分だろう」

「左様でございますか」


まったく最近のキレる若者には困ったものだ。

地面に突っ伏したままのマオを放置してその場から立ち去る魔王と執事。

その姿をしびれる身体ながらなんとか顔を上げてにらむマオ。


「…おの、れぇ…!この私がァ…くっころ…だとォオア…!?」


マオの脳裏に先ほどの言葉がこだまする。


『くっころって、言ってみろ』


『くぅ~、殺してください~って、言えって言ってんだメスゴミぃ』


――屈辱。

生まれて初めて味わった恥辱。

――絶対、絶対狩り殺してやるぞ――


「…魔王…セバスチュン…」


気絶するマオ。


ああもうこれ絶対勘違いしてるやつじゃん――


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