マスター…くっころを一つ頼む

ここは人間の都


立派な城を中央に、囲むようにして数多くの建造物が立ち並び


そこで暮らす人間。


静かな夜の王都——


空に輝く月明かりの下


そのさびれた酒場は存在していた。


店内にはマスターと席に着く黒衣の男。


今日も客のいない店で男が注文を取る――



「マスター…くっころを一つ頼む」


「かしこまりました」


注文を受け付けたマスターは早速カクテルを作り始める。

銀色の容器に液体を注ぐ

そうあれに。シャカシャカする――アレに。


マスターは銀の容器をシャカシャカふる。

それを見つめる黒衣の男。

――かなり――シャカシャカする――。


グラスに透明な液体が静かに注がれる。


「お待たせしました。【クッコロ】です」

「ありがとう」


カクテルの名前は――クッコロ。

それは、炭酸の抜けた――炭酸水。

もう――水。


それを一口飲む黒衣の男。

というか――魔王。


「…今日も良い、くっころだ」

「ありがとうございます」


ここは魔王行きつけの酒場。

こんな夜は一人、くっころをたしなみたくなる――


思うようなくっころに出会えない魔王。

いくら焦がれても理想のくっころは現れない。

空虚な刻——


その哀愁漂う後姿は――とても魔王とは思えない――


それはまるで――炭酸の抜けた、炭酸水のようであった。


「なあ、マスター」

「なんでしょう」


立派なひげを蓄えたマスターがやさしく応える。


「我はどうしたら――心満たされるくっころに出会える」


目を閉じ、ふぅとため息をつく魔王。


「そうですね――」


天井を見上げるマスター。

しばらく目を閉じてから、ゆっくり語り掛ける。


「炭酸水は、どうしてしゅわしゅわすると思いますか」

「どうして?」


魔王は考える。

確かに、なんで炭酸水は口に含むとしゅわしゅわするのだろう――

グラスを見つめてから、答えた。


「主張しているのだ。我こそは炭酸水だと」

「なるほど。水ではなく、あくまで自分は炭酸水だと訴えている――と」


なんかそれっぽく――言ってみた――


「ではなぜあなたは炭酸水の炭酸――つまり主張を消して飲むのです」

「それは――」


しゅわしゅわが――苦手だった――


グラスに入った炭酸の抜けた炭酸水を見つめる魔王。

――言えない。

魔王がしゅわしゅわ苦手なんて――言えない――


「あなたの満たされない心は、目の前のカクテルそのものです」


炭酸の抜けた炭酸水カクテル――クッコロ。

さっきまで自分は炭酸水だと主張していたのに

今はしゅわしゅわせず――おとなしくしている――


グラスに注がれたクッコロは魔王に問いかける


――これでいいのか、と――


我は無意識に刺激を――しゅわしゅわを求めているというのか

それともくっころは良いものだと言いながら、実は苦手だとでも?


「——深いな」


ふっと鼻で笑うと、グラスを仰ぎ

炭酸の抜けた炭酸水を――飲み干す――


「また来るよ」

「ありがとうございます。またのお越しを」


静かに席を立つ魔王

店から出ていくその後姿を見送るマスター


客のいなくなった店内で

一人残されたマスターは思った。



(——くっころって――なんだろ?)




よくわかってなかった――


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