男のくっころでよくないですか

魔王城にある地下牢獄―


そこに人間の騎士が捕らわれていた。


どす黒い鉄格子の奥に


両手両足を鎖でつながれた男―


この男こそ人間世界で英雄と称された猛者


その屈強な肉体に似付かわしくない傷だらけの哀れな姿に


英雄と呼ばれた面影は見る影もない。


『気分はどうかな』


うなだれた頭に浴びせられる嘲笑うかのような声


声の主は黒衣の男、魔王と呼ばれた最凶の化け物。


『…気分、だと…?』


傷だらけの男騎士は魔王を睨む。


『クク、その眼。さすがは英雄といわれるだけはある。眼だけはな』


騎士の髪の毛をつかみ上げ強引に顔を上げさせる魔王。


『貴様には利用価値がある。我の軍勢に加えてやろう』


『…誰が貴様なんぞの…!』


にぎゃりと悪笑いする魔王。


『我の闇魔力を注げば貴様の意志など関係ない』


―否応なしに闇に堕ちるのだ―


魔王の思うがままの、道具となり果てるのだ。


『…くっ…! ころせッ!!』


『ゥフハハハハハ!ハァアッハッハァあああっ!!』


高笑いする魔王。


『安心しろ。その願い、叶えてやろう』


笑顔を見せる魔王。しかしそれは―


『貴様自身の手で自分の国を滅ぼした後でなァア』


邪悪な、笑みだった―





「あひぃいいいいい採用!しょれ、採用れすぅうう!!」


身をよじりながら歓喜の声を上げる魔王のメイド。


「例えばの話だメイドうるさいぞ。後、その前髪も」


執事の例え話にメイドの妄想は膨らんでしまった。

前髪をぐわんぐわんと毛振りするメイド。

執事はため息をついて軽くあしらう。


はぁはぁと息を荒くするメイド

「た、たまにはいいこと言うじゃないトリ。見直したわ」

「だからお前になど聞いてない」

よだれふけや。


「た、たしかに魔王しゃま!

 くっころが人間のメスでなくてはいけない理由がわかりません!

 魔王しゃまのおっしゃる、その命の輝きとやらをより強く得ようとするならば

 屈強なオス!オス騎士にこそあるのではないでしょうか!?」


メイドは胸に手を添え訴える。

その眼には涙が―


なんでこいつこんなに必死なんだ。オス騎士ってなんだよ。


かちゃりとメガネを外し、レンズを拭く執事。

メイドの唾がここまで飛んできたきたない。


「魔王様。なぜ女のくっころなのです?

 男のくっころでよくないですか?」


メガネをかけなおし、くいっと指先で位置を整える執事。


ワイングラスをくるくる回しながら一口飲む魔王。

グラスには炭酸の抜けた炭酸水が―


「—セバスチュン」


窓際に立ち、遠くを見つめる魔王。



「—死力を尽くした男が、自らをころしてくれと言ったのならば―」



振り向いて真剣なまなざしで答えた。



「それに答えるのもまた、漢というものであろう―」



無駄に熱いな魔王様―

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