くっころのなにがいいんですか
そう問いかける魔王の執事。
くせっ毛金髪メガネのこの男の名はセバスチュン。
このクソ毛メガネ…魔王しゃまに向かって―—
「何たる暴言ッ!!身の程をわきまえろやぁあッ、トリ頭がァア!!」
憤慨する魔王のメイド。前髪が長い。
ピンク長髪で前髪がやたら長いこのメイドの名は、メイドのメイ。
「黙れアバズレ。前髪長いぞ」
目も合わせず答える執事。すると彼の頭から黄色い小鳥が
「ぺよぺよ!」
餌をねだって顔を出す。はい餌。
「魔王様、私には理解しかねます。
何故そこまでくっころにこだわるのでしょう。
あなたのお力をもってすれば
人間のメスごとき指パッチンでミンチでしょうに」
―—違うな、それは違うぞセバスチュン―—
玉座に鎮座する魔王。
片手にはパンにガムが挟まった今流行りのガムパン。
もちもち咀嚼しながらもう片方の手に持つ書物をパツォンと閉じる。
タイトルは【お前になんか屈しないんだからねっ】
「——セバスチュン。お前は、くっころについてどう思っているのだ?」
「自分で自分の命を絶つ度胸もないくせに
その生殺与奪を自らが屈した相手に任せるという
なんとも解せぬ哀れな下種の所業にございましょう」
はぁああああ…
大きなため息をつく魔王。
もちもち
そしてガムパンを頬張る。ご馳走様。
「——いいかセバスチュン」
「魔王しゃま、お口元にガムが」
すすすっと魔王の口元のガムを取るメイドのメイ。そしてそれを食ういや食うな。
「——くっころ、とは」
「くっころとは?」
「——命の、輝きなのだ」
ああまたご乱心を。
魔王はこれまで幾度となく強敵と相まみえてきた。
魔王討伐を安い賃金で依頼されてきた勇者―—
魔王の領地を略奪せんと乗り込んできた別魔界の魔王―—
ガチで魔王だけしか狙わないちょっと頭のおかしい自称魔王ハンター―—
家賃を取り立てに来たババア―—
花粉―—
そのすべてをねじ伏せてきた我らが魔王。
しかし、その勝利の後には何も残らない。
空虚。虚無。無意味——
まるでドーナツの穴のように魔王の心は満たされなかった。
しかし―—
暇つぶしに通販で買った人間の書物に記された
くっころ
これをみた魔王の世界は一気に色付く!
女の身でありながら勇猛果敢に戦うその姿
しかし相手は多勢に無勢。ねじ伏せられて捕らわれる
にも関わらず命乞いをするどころか光を失わないその眼で相手を睨みつけ
――くっ、ころせッ!——
その後どんな悲惨な結末が待っているとも知らぬというのに!!
「なんという命の輝きだ!!これぞ生!!その狭間で揺蕩う灯!!」
玉座から立ち上がりついでの玉座の上に足を行儀が悪いです魔王様。
「私は今までその輝きを見ることなく、その瞬間を無碍にしてきた!!」
どうせすぐ決着ついちゃうし、スキップスキップ。
で、せっかくの強敵との戦いを文字通りすっ飛ばしてきた。
しかし、そこにドラマが、命の輝きはそこにあったのだ!!
くっころという輝きが魔王の虚無に光を照らす!!
それを教えてくれたのだくっころは!!
「それだけではなァい!!」
「もうそれだけでいいです」
まさか魔王様ともあろうお方が人間のメスのあられもない姿とシチュエーションに
「てっきり欲情しているのかと思っていました」
「トリてめえ言葉慎めや!!あと命も慎め!!」
メイドのメイがいちいち憤慨する。うっせえなこの前髪きれよ。
「…しかしだ」
魔王の覇気がゆるむ
「…まだ、生くっころをみてない…」
なまくっころ?
よくわからんが要約すると魔王様は
戦う相手が雑魚過ぎて今まで一瞬で終わり気持ちが萎えていたが
もうちょっといたぶっていれば中には粋がる雑魚がいるので
そいつをあぶり出してとどめを刺した方がより悦に入る―—
そしてそのくっころとやらを人間のメスが教示したと
そういうことなのか?
顎に手を当てセバスチュンは考察する。
―—なるほど、理解できん。
ん?
なにやらアバズレメイドが何かやっている。
執事の視線の先には魔王の眼前で
セクシーポーズで地にへたり込み
自分の親指を甘噛みしながら
「…くっ…ころしぇ…」
目を泳がせ赤面しながらなんか言ってるメイドのメイ。
なにしてんだこいつ。
それを目の当たりにした魔王
ゆっくりとメイドに近づき
片膝をついて彼女の両肩をやさしくつかむと
「——メイドのメイよ」
うるんだ瞳のメイドにやさしく語りかけた
「—前髪、長いぞ」
「—は、ひゃい…!」
―なにやってんだこいつら―
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