受け継がれる夢

Ramune

第1話

うだるような暑い夏。

就活を失敗して絶賛無職の俺は実家でニート生活を謳歌していた。

「母さん仕事行ってくるから戸締りよろしくね」

玄関から母の声が聞こえる。別にニートになりたくてなった訳じゃない。地震、大規模な感染症、それによって起こされた不況、幾重にも絡み合った結果、内定取り消しの文字の書かれたメールが届く羽目になった。

「あー、宝くじでも当たんねぇかな」

そう言ってパソコンを起動する。しかし、中々起動しない。

「ぶっ壊れたか?ったく勘弁してくれよ」

パソコンは明日修理に出すとして、その間暇だ。散乱した部屋を眺めているとふと、とある物に目が止まる。

「小学校の…卒業アルバムか?」

そういや昨日、部屋の掃除をしようと思って色々漁ったのだ。結局あまりの汚さに途中で辞めたのだが…。手に取ると、数ページだけめくってみる。そこには忘れていた顔ぶれが並ぶ。

「そういや矢口とかいたな。スカートめくりしてよく怒られてた奴。鉄棒噛み切ろうとして前歯折ったり、馬鹿だよなぁ」

11年前の思い出は意外にも面白く、そして楽しいものだった。懐かしさに浸りながらページを進めていくと将来の夢と書かれた作文が顔を出す。自然と目は作文の文字を追っていた。

「警…察官」

嗚呼、そうだ。俺は警察官になりたかったんだ。悪いやつからみんなを守る正義の味方に。

けれど、大人になるにつれて見える景色に、その夢もいつしか諦めていた。

「まぁ、現実はそう甘くねぇよな」

アルバムを閉じると飯を食べる為に立ち上がる、その時だった。空のペットボトルを踏みつけて、足元がグラつく。

あ、やべ

そう思った次の瞬間、目の前に床が迫ってきた。くそ、昨日部屋ちゃんと掃除しときゃよかった。心で悪態をつきながら俺は意識を失った


目が覚めるとやかましいほど蝉が鳴いている。辺りを見回すとそこは教室だった。ぼんやりする頭を抑えながら必死に前後の記憶を確認する。確かアルバムを読んでいて、それで…。ふと視線を上げると、矢口と書かれていた椅子があった。

「…まさか!?」

そう思って立ち上がると、改めて辺りを見渡す。間違いない、ここは俺が昔いた小学校の教室だ。

「タイムスリップ?」

思わず考えていた言葉が口に出る。目の前にある教室のカレンダーは2009年8月2日を示している。

まさか本当に…

疑惑を確認する為に外に出ようとしてある事に気がついた。

「靴がねぇ…」

この辺りは田舎だから人があまり居ないとはいえ、裸足で歩くほどの勇気はない。ましてや真夏のアスファルトの上など、足の裏が焼肉パーティーになること間違い無しだ。

「いきなり詰んだじゃねぇか。クソゲーかこれ?」

しかもこんな時になのに催してきた。

「とりあえずトイレだな」

俺はトイレに行く為に冷えた廊下を歩いていると、ある事に気がついた。そう、トイレにはあれがあるのだ。

「便所スリッパ最高」

そう言って俺はトイレに駆け出した。用を足して、スリッパを少しばかり拝借すると俺は外に出る。

外はこれでもかと言うほど暑く蒸し蒸ししていて、昔潰れたはずの店や死んだはずの近所のじいさんが畑仕事をしている。徐々に現実味を帯びてきたそれは、楽観的だった俺の心に重くのしかかっていく。

「これ、やべぇかもな」

絶望に浸るその時、背中に何かがぶつかった。振り向くと、とても見慣れた小学生くらいの子供が虫あみを持って立っていた。

そうだ、こいつは俺だ。

「ぶつかってごめんなさい」

小さな俺はそう言って声をかける間もなく駆けて行った。

「間違いなく戻る為のチャンス今逃したよね」

大きな入道雲を見上げて呟いた。今から追いかけても頭のイカれた不審者としてこっちが警察と追いかけっこしかねない。

「あちぃな」

額に流れる汗を拭うと、日差しから逃げるように俺はコンビニに足を運んだ。


それからだいたい半日が過ぎた頃、俺は大絶賛絶望中だった。昼間は手がかりを探す為に色んな所に足を運んだが、何せ田舎だ。驚く程に人がいない。

畑仕事をしてるじいちゃんばあちゃんに、目がラリってる変な奴、それからたまに小学生と中学生とすれ違うくらいだ。コンビニ店員を除けば、10人も人に会ってないんじゃないだろうか。

「カカシの方が人間より多いって限界集落かよ」

1人ツッコミをしながら夜道を歩いていると、前方で光が見える。街頭も無いここじゃあ、民家か、駐在さんの自転車か、懐中電灯の3択だ。恐らくこの光は懐中電灯だろう。興味本位で近づくと、懐中電灯は小中学校の子供達が持っている様で、子供特有の高い声で。何か喋っている。そしてその光の先には昼間のラリった男、ここでは略してラリ男がいた。

「大丈夫だって、ただのお菓子、ラムネだよ」

そう言ってラリ男は子供達に何かを渡そうとしているようだったが、アルミホイルに包まれたそれはどう見てもお菓子よりも危ないものだ。子供達はいらないと言って居るが、ラリ男は聞く耳を持たずジリジリと距離を詰めていた。

悪いやつからみんなを守りたい。久しく忘れていた思いが胸に湧き出る。

「おい、そこの不審者さんよ。こんな時間に何してんだい?」

俺は、格好つけてラリ男に声を掛けると、ラリ男はびっくりした様子で振り向く。そして、ニタリと笑いこちらへと奇声を上げて突進をしてきた。咄嗟に避けると、ラリ男はそのまま田んぼに突っ込んでいった。奇声があまりにも大きかったので、まばらにある家に明かりが着き出す。

ラリ男は起き上がろうとしていたが、泥濘にハマって上手く動けずに暴れていた。服の袖を引っ張られて振り返ると、子供たちが立っていた。

「ありがとうございました」

そう言う子供の声と足はプルプルと震えていた

俺は子供達の目線に屈むと頭をクシャクシャと撫でる。

「お兄さんな、警察官の卵なんだ。だから悪いやつからみんなを守るのは当たり前だ」

そう言うと後ろ再び奇声が聞こえる。ラリ男が起き上がってきたのだ。もう一度突っ込まれたら子供達を守りきれない。どうしようかと考えていると突然大声が響いた。

「何やってんだぁぁ!!」

ラリ男の後ろには近所で有名な雷ジジイが鬼の形相をして立っていた。その直後、ゴンッと言う鈍い音と共にラリ男はぶっ倒れた。

正直この歳になっても、このジジイは怖い。ズンズンとジジイはこちらに向かうと、俺の前で立ち止まる。年甲斐もなく身体が強張り覚悟を決めると、予想外の言葉がジジイから発せられた。

「ワシらの子供達を守ってくれて、本当にありがとう」

そう言ってジジイは子供達の方に向き直り説教を始めた。雷ジジイと呼ばれた男の説教は、なんだか優しく感じた。

そう思った直後に視界がぐにゃりと曲がり、意識が遠のく。気がつくと。散乱した部屋で大の字に倒れていた。汗ぐっしょりの服を見ながら俺はさっきまでの出来事を思い出す。

「夢…?」

辺りを見回すと、いつもの部屋でパソコンもいつの間にか起動している。

「妙な夢だったな」

そう言って立ち上がろうとすると、足に違和感を覚えた。

「ん?」

足には拝借した便所スリッパがあった。それを見た時、心に灯火が点る。あれは夢ではきっと無かったのだ。

「もう一度目指してみるか、警察官」

便所スリッパを脱ぐとリビングに向かう。

あの夏の蝉の声が今も耳に残っている、

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受け継がれる夢 Ramune @Ramune243

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