第17話 朗報なのか、それとも?
カリンに散々弄ばれた?ルークがへろへろとなった頃、ヴァルナスが戻ってきた。
「お待たせして申し訳ない」
「いいえ。退屈しませんでしたから」
「そうですか…」
そこでヴァルナスは、へろへろとなったルークに気付く。
「おい、ルーク。しゃきっとせんか。客人の前たぞ!」
「ふぁ。は、はい!」
犬のしっぽをピンと立たせ、直立不動となる。しっぽの先がプルプルと震えている。精神的ダメージが傍目からでも見てとれた。
ルークが悪いわけではないのに気の毒にと、フラウはまたしても心の中だけですまながる。
「さて、調査の結果だが、目撃者が見つかった」
「…!」
「ただし、居場所までは特定出来ていない。騒ぎのあった日、下町にある裏道を普段、見たこともないような立派な馬車が走っているのを幼い兄妹が目撃していた。
その直後、馬車が昂然と姿を消したと言う」
「消えた?魔法が使われたのですか?」
カリンが驚いたように目を見開いた。馬や人ごと馬車一台を消す、もしくは転移させるだなんて、並大抵の魔力の持ち主以外、不可能だ。
「いや。兄妹が言うには突然、地面が砂漠化し、馬車もろとも吸い込まれたそうだ」
「隊長!それじゃ!」
「ああ。タファのヤツが噛んでいる」
「タファ?」
「ああ。お嬢さんが知らないのは無理もない。他国の方だしな。
けれど、この国じゃ、やつの名前を知らないのは赤ん坊くらいだと言われている。ここビースター・テイルの裏社会を牛耳るボスだ」
そこでヴァルナスがチラリと背後を振り返る。すると、ルークが一歩前に出て、説明を始めた。
「ここからは自分が…。タファは長年、この王都を裏から仕切ってきたボスでしたが、数十年前、タイガ様によって組織全体が粛清され、組織はあらかた解体させられました。
しかし、ボスであるタファと十数名が追手を逃れて、北の辺境へと姿をくらませました。
北の辺境は魔獣も多く、地形も複雑で土地勘の無い者は容易に迷ってしまうような土地柄であったことから、あえて軍を差し向けるなど行いませんでした。
それに何より、組織の殆どを壊滅させられ、タファ達が大人しくしていましたから、陛下も静観する構えをとっておりました。
しかし、タイガ陛下亡き後(公式には亡くなったとされている)、抑えるものがなくなったことで、ここ数年、勢力を盛り返してきた所です。
…蟻地獄、タファの小飼にそう呼ばれる獣人が、当時一緒に行方をくらませました。おそらく、奴の能力で大使は拉致されたと思われます」
「蟻地獄と言うと、昆虫にそう呼ばれるものがいますね?」
「ええ。獣人と言うと獣を連想されがちですが、爬虫類型や昆虫型も多く存在します。
蟻地獄の能力で地面を砂漠のように変えて、獲物を引きずり込むことが出来ます。しかし、遠くまで運ぶのは無理です。あくまで地面を繋げる能力ですから、馬車ごと落として、そこから拐われたと見てよいでしょう」
「理解いたしました。では、早速、その場所まで案内していただけますか?」
「は…。ええっ!」
驚いたルークがカリンを、次にヴァルナスの顔を見た。
「…よろしいでしょう。ルークに案内させます」
両手を組んで口元にあてたヴァルナスが盛大なため息を一つ、ついてから、そう言った。
「ちょっ、隊長!いいんですか?」
「止めても無駄だろう。このお嬢さん方は」
「まあ、そりゃそうでしょうけど」
ルークはそうと分からないように、チラリと二人を見遣る。
(確かにな。行動力の塊のようなお姫様方だ。そうでなけりゃ、女二人、たった二人だけの護衛と、こんな所まで出張ってこないだろう。
ちっ。ヴェドの野郎、手綱をしっかり繋いでおけってんだ)
ルークはここにはいない、幼馴染みに盛大に愚痴る。
「…了解です。自分の小隊から何人か連れて行っても?」
「無論。腕利きだけを連れて行け。タファの小飼は、そこいらの小悪党とは比べ物にならんぞ」
「はい。肝に命じておきます」
カリンとフラウの二人が警備隊の詰所を出て、待ち合わせ場所として指定された一角で待つことしばし、ルークともに三人の獣人がやって来た。
ここに来る前に絶対に止められると思ったので、アクサ達には内緒で詰所の裏から出してもらったのだ。
置いてけぼりにされたとも知らず、二人と一匹は表で待ちぼうけを食らっていることだろう。
「待たせましたか?」
「いいえ」
カリンはそう答えつつ、三人の力量を測る。
(ふうん。少数精鋭って訳ね)
一般人の二倍はあろうかという巨体を備えた獣人が一人と暗殺者めいた風貌の獣人が一人(おそらく、密偵だろう)。もう一人の青年が何なのか判断力しづらい。
警備隊なので鍛えてはいるだろうが、全体的に小柄で頭に小さな獣の耳がなければ、普通の人間にしか見えない。
「おい。あんた、私と手合わせしないか?」
フラウが指名したのは、中でも一番ガタイの大きな男だった。
「フラウったら、今はそんなことをしている暇はないわよ。帰ってからになさい」
「残念。まあ、いいか。それじゃ、帰ったら頼む」
「は?いや、俺は」
ガタイの大きさとは正反対に性格は温厚らしい。ルークに助けを求めるような視線を送る。
「…ご指名だ。有り難く、お受けしろ」
「は?隊長?」
サイの獣人らしく、額に大きな一本角を持つ男があたふたするのを置き去りに、ルークが歩きだす。
「こちらです」
彼が案内するのは下町。いわゆる裏通りだ。大きな通りとは違って複雑に入りくんでいる道をすいすいと進んで行く。
「ちっとも迷わないのですね」
カリンが言うと、
「俺…、自分達にとっては庭みたいなものですからね」
と、ルークが何でもないように答えた。
「あの時も先回りしていましたしね」
「…」
いつぞやの暴漢に絡まれた時だ。そこでルークと初めて会った。
「私達のことは閣下から?」
「いえ、直接は。自分には別に伝がありますから」
ルークはもはや隠す気がないらしい。
「強面の騎士様かしら?」
「…っ!」
カリンの憶測がドンピシャだったので、ルークはつい反応してしまった。
「あら?当たりかしら?けれど、安心なさって。どうこうする気はなくてよ。あなたにも、もちろん、大切な幼馴染みにも」
うふふと微笑むカリンに、ルークは寒気を覚えた。
(…魔女め)
「…あいつをどうこうしてもらっても、俺は別段困りませんがね」
「まあ!そんなことを言って、大切な幼馴染みなのでしょう?あなたと騎士様、そして、お姫様もかしら?」
(こいつは…!)
ルークには、その人のためにならば、命をなげうっても構わないと思える主がいる。
そして、同じ様にその人の幸せを守りたいと思える友が。
孤児の頃からの仲間だったヴェドと、そんな俺達を『友達』と呼んで、親切にしてくれたリリカ姫だ。
「私は、あなたのお姫様とはお友達なの。あなたが危惧するようなことはなくってよ。…もちろん、あなた次第だけど」
聞きようによっては、「あなたの大切なお姫様は私の手中にあるから、裏切れば、分かるわね?」脅されたようなものだ。いや、実際にそうなのだろう。
「…心に刻んでおきますよ」
やっぱり、こいつは魔女だ!と、ルークは心の底からそう思うのであった。
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