第16話 小隊長、大いに悩む
突然、警備隊の詰め所にやって来た二人のお姫様に詰所内は騒然となった。
「おっ、おい。貴族のお姫様だぜ!」
と、騒ぐ者達もいれば、
「マジかよ!俺、こんなに近くで初めて見た…。綺麗だなぁ」
陶然となる者達など、反応は様々だったが、概ね、想定外の出来事に浮き足だってしまっている。
「ちょっ、ちょっと、こっちに」
男は慌てて、カリン達を詰め所の応接室へと案内した。
「まあ…。わりと綺麗にされているのですね。もっと、薄汚い場所かと思っておりましたわ」
応接室を見渡し、呑気に感想をもらすカリンである。
「ここはな!そもそも、警備隊の詰め所なんて、むさ苦しい男ばっかりなんだから、貴族のお姫様が来るような所じゃないんだよ!」
そう言うって、ガリガリと頭をかく。
「あ!そうそう、お名前を伺っておりませんでしたわね」
ニコリと微笑む。
「は?」
「わたくし、カリンと申します。本名はもっと長ったらしいのですけど、お聞きになりたい?」
「い、いやいや!そんな物騒なもの、知りたくありませんよ」
「そうね。あなたはとうにご存知のようですもの。わざわざ、聞く必要はありませんものね?」
男が、ひゅっと喉の奥を鳴らした。
それから徐に床へと片膝をつき、
「御挨拶が遅れまして、誠に申し訳ありません。王都第一警備隊、ヴァルナス隊所属小隊長のルークと申します」
完璧な所作で貴族への礼を示した。
「お立ちになって。わたくしは公人としてではなく、私人として、あなたにお願いしたいことがあって、こちらに参りました」
「…はい」
男が立ち上げる。
カリンが思っていた通り、男はただの警備隊の一員ではないようだ。貴族に対する素養があった。
警備隊は隊長以外は、ほとんど庶民から形成されている。もちろん、功績を積んで庶民から成り上がる者も皆無ではないだろうが、そんなものはごく少数だ。
ビースター・テイルに王族はともかく、貴族と言う称号が定着したのは、タイガの御世からで年月が浅い。
貴族の付き合い方を知っている者のほうが少ないと聞いている。
「あなたはわたくしの味方?それとも、敵かしら?」
面と向かってこう言われて、敵だと答える者が果たして何人いるだろう。
ルークは真意を図りかねて、カリンの顔をじっと見つめた。
「…少なくとも、敵ではないと思いますよ」
今は―、そんな言葉が隠されているかのような返事にカリンは満足そうに頷いた。
「結構よ。わたくしは今すぐに、協力して下さる方を求めているだけですもの。
永遠の忠誠など、求めてはおりませんわ」
「そうですか。では、私は何をすればよろしいのでしょうか?」
「行方不明の叔父を捜していただきたいの」
行方不明になった飼い犬を捜してほしいと言うような気安さであった。
聞いた本人は、
「は、はああぁっ!」
礼儀も何も、お構い無しにすっとんきょうな叫び声を上げた。
「街のなかのことは、その街のプロに聞けと申しますでしょう?
お願いいたしますね」
ニッコリと微笑めば、自分がどれだけ、魅力的か十分に知っている、そんな凶悪めいた微笑みにルークは棒立ちになった。
いや、ならざるを得なかった。
自分一人の一存では動けないと、ルークはそう言ってから応接室から出て行った。
「他に知られることになるが、いいのか?」
渋面となったフラウが問う。
「いいのよ。私達だけで捜し出すなんて到底不可能だもの。
ここがイシュカの王都なら、ともかく」
王都には魔法の塔を中心として張り巡らされた魔法陣が敷かれており、そこで起こることならば、つぶさに確認出来る。
もちろん、王のいる城は別だ。あそこには別に魔法陣があり、外敵の侵入を阻むのはもちろんのこと、強固な結界の役割も果たしていた。
「さっきの彼、ルークの上官であるヴァルナスは、ヒイロ将軍の息がかかった人物で、その配下もそれなりの手勢を集めているそうよ?」
「そんな情報、どこから仕入れたんだ?」
「まあ、貴族の付き合いなんて情報の探りあいじゃないの!
あなたがあの城で好きなことをして、過ごしていた間に私が何をしていたと思っているの?
貴族の令嬢同士で友好を深め合っていただけと思って?」
「あー、なるほどな」
宰相から紹介されたヒイロ将軍家のご令嬢リリカとの付き合いは多岐に渡った。
カリン達が来ていることは限られた人間にしか公表されていないが、知っている者は知っているのだ。
彼女から自身の派閥や内情、他派閥の情報など多くの情報を仕入れた。
その代わり、カリンからはイシュカ王国の事情など、教えられるものは教えてある。
リリカが知りたかったのは主にイシュカ貴族、結婚相手となりうる人物の情報だった。
フラウの祖母と前王との婚姻が壊れたことで両国で交わされる婚姻が困難となった。
しかし、国同士の間で交わされる婚姻による血の繋がりは、いつの時代にも国交には不可欠でリリカの役目は、そうした情報を得ることだった。
「リリカ様から聞いた情報だから、間違いないわ。それにあの男は、おそらく宰相の小飼ではないかしら?」
「んん?突拍子もないな。何か根拠があるのか?」
「女の勘よ」
「あー、魔法使いの勘ね」
魔法使いの直感力は侮れない。フラウは知っている。
「もう!見も蓋もないこと、言わないでちょうだい。女の勘って言ったほうが、それらしいでしょう?」
「そんなこと知るか」
そんな風にワイワイやっていると、控え目に扉がノックされた。
戻って来たルーク一人ではなかった。
「お初にお目にかかる。ヴァルナス隊隊長のヴァルナスだ」
威風堂々とはこの人のことを言うのだろう。まだ、三十代か四十そこそこだろうか。
服の上からでも筋骨粒々なのが伺い知れる。重量型の獣人なのは分かるが、種類が判別出来ない。
もしかしたら、イシュカにはいない種なのかも知れないとカリンは思った。
「こちらこそ、突然、押し掛けてきてしまって申し訳ありません。
イシュカのカリンと申します」
ここでも詳細は名乗らなかった。それでも通じるはずだ。
「聞いています」
果たして、ヴァルナスも詳しく尋ねたりしなかった。
「そちらの小隊長さんにも詳しくお話しておりませんけれど、聞いていただけますか?」
「むろん。そのためにこちらに顔を出したのだ」
カリンは、ヴァルナスに向かい側のソファへと腰をおろすように進めた。カリンの背後にフラウが、ヴァルナスの背後にはルークが立った。
カリンは、マリーから聞いて知った話を出来るだけ詳細に説明した。
とは言え、分からないことのほうが多い。分かっているのは、王城からの帰り道で叔父を乗せた馬車もろとも、忽然と姿を消してしまったと言うことだけだ。
「なるほど。護衛も馬車も全て戻って来なかった、と言うことですね?
目撃者捜しも難航しており、まるで神隠しにでもあったかのように忽然と消えたと。
人一人どころか、馬車までとなると誰かしら目撃者がいていいものなのに、見つからないとなると―…」
そう言って、考え込む。
ヴァルナスと言う男は姿だけ見れば、力自慢の好戦的な輩に見えるが、その実は正反対のようだ。
思慮深く、洞察力に長けている。そんな印象を受けた。
「おかしいでしょう?叔父を乗せた馬車は三頭だての立派な代物です。
それから御者と護衛が二人、同乗していたそうです。
真夜中ならいざ知らず、叔父が城を出たのは、まだ明るいうちでした」
「ならば、途中で道を変えられたのかもしれませんな」
「道、ですか?」
「ええ。王城から大使館までの道は大通りが一番近道であるが、別の道がない訳ではない。もしかすると、何らかのアクシデントがあって、道を変えられた結果、凶事に合われたのかも」
そう言って背後に目を遣る。
「確認してきます」
それから数分のち、ルークが戻って報告した。
「二日前、大通りで荷馬車の横転事故が起こり、一時、通行出来ない状況であったそうです。騒ぎは一過性のものですぐに復旧したようで、大したことではないと報告書に記入されていました。
ただ、積んであった荷物のなかに異臭を放つ食品があったため、清掃に少々、時間がかかったとありました」
「ふむ。我々のような庶民なら、多少の臭いを気にすまいが、貴族となるとどうかな?」
「…おそらくですが、別の道を選択したかと思います」
「でしょうな。我々、獣人は鼻がきくものが多い。異臭騒ぎなどあれば、即刻、退散して周囲を見渡す余裕などないはず。
だからこそ、大使館側で行った目撃者捜しが難航したのだろう」
そうなると、全ての辻褄が合う気がする。カリンもまた、そう感じていた。
「では、叔父様は…」
「この先の馬車の足取りは、我々が請け負いましょう。
秘密裏に事を運ぶこと、そうすることをお望みなのでしょう?」
誰が?とは問わなかった。
カリンがイシュカ王女であると名乗らなかったように、ヴァルナスも誰についているのかを明確にする気はないようだ。
事を公にすることで誰が得をし、誰が被害を蒙るのか十二分に分かっていた。否、知っていた。
「すぐにでも、朗報をお伝え出来ると思いますよ」
ヴァルナスが薄く笑った。
対するカリンもまた、笑みを滲ませながら、
「期待しておりますわ」
と、答えを返す。
そんな双方の背後に立った二人が、
(うわー、嫌な笑いだなあ)と、似たような感想を抱いていた。
一旦、大使館に戻りますか?と言う、ヴァルナスの提案をカリンは一蹴する。
「あまり外出に時間を割けませんの。このまま、待たせてもらっても?」
「もちろん、構わんよ」
ヴァルナスは出て行ったが、ルークは二人の世話係として残った。
小隊長の身分でお姫様の世話係を?と思うかも知れないが、日頃から庶民相手の警備隊で、高位貴族、しかも、王女を相手に臆するこなく接することが出来る者が彼しかいなかったのだ。
「ねえ。ルークは貴族に慣れているの?」
手持ち無沙汰、もとい暇なのでカリンはルークを話し相手に暇潰しだ。
「まさか!俺みたいなのが貴族のお姫様のお相手が出来るはずがないでしょう?」
「それにしては、手慣れているのね」
「それは…、大昔ですが、知り合いに貴族のお嬢様がいましてね」
「ははあ。リリカでしょう?」
「なっ!」
ドンピシャだったようだ。ルークが口をパクパクとさせる。
「閣下にはお子様がおられないと聞いていたし。なら、閣下と仲のよい将軍家のお姫様が遊び相手だったのかなって思ったのよ」
「…俺は別に遊び相手じゃありませんよ。俺の幼馴染みがそうだっただけで」
「幼馴染み?」
「ええ。俺とそいつはともに親無しだったんですが、小さい頃から何でもそつなくこなせる出来物だったんで、いい家に貰われていきましたがね」
「ふうん。で、二人してかつての恩人に恩返しをしているって訳?」
「あんた…、いえ、あなたは人の考えが読めるんですか?」
ルークがおっかなビックリの様子でこちらを伺う。
本気でそう思っているようなのが笑える。
魔法使いにもそうした術に長けた者がいるにはいるが、接触なしに人の考えを読むことの出来る者などいない。
ただし、勘の鋭い者が多いので人の考えを読むことが容易い。
ビースター・テイルでは魔法使いはごく少数だ。才能あるものは城か貴族の屋敷に抱え込まれていて、めったに表に出ない。
そのため、魔法使いに対する知識があまりないのだろう。
カリンは面白半分にからかうことにした。
「そうだと言ったら?」
すると、ルークが震え上がった。
「ちょっ、まっ!ちょっと、困る!いや、困ります!」
本気で嫌がった。
「お前なあ、大概にしろよ」
フラウがいとこの悪ふざけに釘をさす。いつもとは反対に。
ただし、本気で止めようとは思わなかった。叔父が行方不明となったと知って以来、張り詰めていたカリンの心が少しでも軽くなるのなら、人身御供の一人や二人捧げようと言うものだ。
フラウもまた、カリンと同様に人が悪いと自分では気付いていないようだ。
気の毒なのはルークだった。
ヴァルナスが再度、顔を出すまで心ゆくまで他国の王女からいたぶられていた。
女性不信にならなければいいがと、フラウはそんな二人を他人事のように眺めるのみであった。
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