第14話 事の終わりと始まり

亡くなった下働きの女性はニーナと言うそうだ。騒ぎは警備隊のみならず、他にも広がり、宴はそのまま続いていたが、後方は大騒ぎとなっていた。

下働きを束ねる侍女頭が震えながら、切断された部下の名前を教えてくれた。

彼女は、その場では気丈にも耐えたが部屋から下がると吐いてしまったようだ。

素人がこんな惨状を目にしたのだ。無理もないことだ。

「そう…。ニーナと言うのね」

カリンが魔力を放つ。すると、切断された遺体がもとの形を取り戻した。惨たらしく切断される前のニーナの姿が綺麗に甦る。

むろん、死んだものを生き返らす術などない。物言わぬ骸のままでしかないが。

「ご遺族に、これ以上の苦しみを与える必要はないでしょう」

静かに呟く。

「なっ!現状維持がっ!」

兵士達が騒ぐのを、ヴェドが一睨みで黙らせる。

「ご配慮、ありがとうございます」

そうして、深く腰を折った。

「いいのよ。これは私のせめてもの罪滅ぼしなのだから」

「…カーリーナ様」

そう、私なんかにつけられたから彼女はこんな死に方をする羽目となった。

カリンは人の心が時々、怖くなる。こうした忠誠心、職務に忠実にあろうとする人々のなんと愚かで悲しいことか。

自分が王女と言う立場であるからこそ、それが分かる。

「自分が死んでしまっては、何にもならないのに…ね」

「こーら!また、考えすぎてるな!」

コツンとカリンの頭に頭を合わせてきたのはフラウだ。

右手でカリンの頭を引き寄せるようにして抱き抱える。

「彼女は自分が死ぬなんて考えもしなかっただろう。この屑の侵入を許した警備がザルだったせいだ!お前のせいじゃない」

うぐぅっと、その場にいた警備隊の口から呻き声が漏れた。

「…彼女は不運だったかもしれないが、最後まで自分を曲げなかった。

立派だったよ」

騎士顔負けだな!と、フラウがことさら明るく言い放った。

「ええ、そうね」

カリンは一度目を閉じ、再び、開いた時にはいつもの自分を取り戻していた。

「この男は魔法を使います。厳重な取り扱いが必要でしょう。

ヴェド、あなたに任せても?」

「は。魔力を遮断する檻に収容し、魔法使いを警備にあたらせます」

「そうしてちょうだい。せっかく生かして捕らえたのだから、逃げられるような不様な真似はしないでね?」

無能な警備にチクリと嫌みを差した。

「お任せを」

この先はヴェドに任せておけば、いいだろう。まあ、宰相のジグムンドに任せるのと同義だが。彼ならうまくやるだろう。

「…政敵にしてやられることがなければだけど」

周りに聞こえないように口のなかだけで呟いた。

「あ?何か言ったか?」

フラウがこちらを振りかえる。

「いいえ。部屋へ戻りましょうか」

「そうだな。後始末までしてやる義理はないからな!」

二人はヴェドに続いて駆けつけてきた部屋付きの護衛達に守られるようにして、その場から立ち去った。

彼らは自分達、護衛の目を盗んで抜け出したカリンとフラウに不敬にならない程度に盛大に文句を言っていたが(何せ、二人とも国賓である)、

「そもそも、僕らで守る必要あるんでしょうかね?」

「しっ!それを言うな!」

ヴェドの腹心の部下達が背後でコソコソ言い合うのを、カリンは聞こえぬ振りをした。


手当で眠らせたリリカを、リリカ付きのお付きの者達に適当なことを言って、後を任せると二人は早々に眠りについた。

元より、生誕祭に興味はなかったし、色々と疲れていた。人知れず、暗躍するのも楽ではないのだ。

それきり、朝まで夢も見ないで深い眠りに落ちた。


翌日、カリン達の周辺でちょっとした変化があった。ヴェドを中心とした警備はそのままで別の警備隊が周辺を巡回するようになったのだ。

要するに他国から来たお客様に何かあったら大変だと、ようやく気付いたのだろう。

実際には既に起こった後だから、今さらな感じがしないでもない。

「城に暗殺者の侵入を許したのですから、当然の処置です。もちろん、直接警護にあたるのはこれまで通り、我々が行いますが」

今回の標的はカリン達であったが、次回の標的が国王になる可能性も無きにしもあらずだから、城の警備が強化されるに越したことはないだろう。

「でも、この先、何がしたいのかしらね?私達が目的なのは明白だけれど」

カリンは食後の紅茶を優雅に楽しみながら、ヴェドからの報告を聞いていた。

「それは、取り調べの段階で…」

「つまり、何も分かっていないって訳ね?」

「…」

尋問を担当するのは別の人間だろうから、彼を責めても仕方がない。

「いいわ。昨日の今日だもの。それに暗殺を生業にする連中がそう簡単に喋るはずがないものね」

「恐れ入ります」

ヴェドを下がらせると、カリンは、ほっと体の力を抜きいて脱力した。

「はあっ。このままでは埒があかないわね」

「うん?どうする気だ?」

カリンとは反対側の長椅子に、だらしなく寝そべって寛いでいるフラウがこちらへと顔を向ける。

「お行儀が悪いわよ。私達以外、誰もいないからって気を抜かないで」

「はいはい」

フラウときたら、剣を握らせれば凛々しくて頼りになる騎士そのものなのに、気を抜けばすぐこれだ。

彼女を憧れの眼差しで見つめる女の子達が、今のフラウを見たら、百年の恋も覚めると言うものだ。

いや、ギャップ萌えと言うこともあり得るかも?と、くだらないことを考えていたら、部屋の扉が控えめにノックされた。

「どうぞ」

「失礼いたします」

部屋付きの侍女の一人が顔を出し、

「シュザーク伯爵夫人がお見えになられておりますが、いかがいたしましょうか?」

と、尋ねてきた。

「マリーが?」

カリンは、フラウと顔を見合わせる。と言うのも、今日、マリーがやって来る予定などなかったからだ。

ここはビースター・テイルの、他国の王城だ。そこに予告もなく貴族の夫人が来るなど、本来、あり得ないことだった。

どうして、彼女が?と、不思議に思うよりも訝しんだ。

随分と耳がはやいことだが、昨夜のことを聞きかじり、心配してやって来たのかも知れない。

「いいわ。通してちょうだい」

「かしこまりました」

侍女が下がっていく。


再び、部屋のなかは二人きりとなった。

「昨夜のことを知ったにしては、早すぎるわね」

「城から報せが送られたきたか、宰相が独自に知らせたか」

「暗殺未遂があったことは、まだ内密にすべき案件なはずよ。宰相がわざわざ知らせるかしら?」

「いずれにしろ、会えば分かるだろう?」

「それはそうなのだけれど…」

何故だか、しきりと胸騒ぎがする。私達の預かり知らぬ所で何事かが起きようとしている、そんな気がして仕方がなかった。


侍女に案内されてやって来たマリーは一見、何の変化もないように見えた。

「ごきげんよう。お二方とも、不自由なくお過ごしですか?」

両手でドレスを軽くつまみ上げ、膝を折ってマリーが挨拶を寄越した。

「ええ。何不自由なく、過ごしていてよ」

「それはよろしゅうございました。急にお城で過ごされることとなりましたから、十分な用意もして差し上げられなくて心苦しく思っておりました」

「ほとんど毎日のように叔父様がご機嫌伺いに来て下さって、あれこれと心を砕いて下さるので助かっておりますのよ。

ところで、本日は叔父様はご一緒ではないのかしら?」

そう問いかけると、一瞬、マリーの目があらぬ方角へと泳いだ。

カリンは悟る。

(ああ。そうか、そう言うことか…)

「え、ええ。急な用件が出来て、それで急遽、わたくしが参りましたの」

「まあ。そうでしたか。それは残念ですけれど、こうして久方ぶりに叔母様にお会いすることが出来たのですから、かえって嬉しいわ」

「ま、まあ。そんなこと…」

「さあさ。お掛けになって。詳しく近況などを教えて下さいな」

「え、ええ」

お茶の支度を終えた侍女達がしずしずと下がっていく。扉がパタリと閉められたのを、しっかりと確認してから、カリンは徐に切り出した。

「それで?叔父様は、いつからいなくなったの?」

「カ、カリン様っ!」

マリーが驚いて立ち上がる。行儀作法は完璧なはずのマリーが、ガタンとテーブルの端に体をぶつけ、派手な音を立てた。

「昨夜から?それとももっと前からかしら?もしかして、一昨日、城から戻る途中を襲われたのかしら?」

カリンの言葉にマリーが両手で口を塞ぐ。

「ど、どうしてそんなことまで…」

「当然でしょう?私を誰だと思っているの?」

うふふと、魔女めいた笑みを浮かべる。それを見たマリーがすうっと青ざめる。

「こら。余計なお喋りは止めて、早く詳細を聞かないか」

ポカリと軽く握り拳で頭を叩かれた。

「マリーも座ったらどうだ。どうせ、ろくに眠っていないんだろう?」

いつもとは逆に、フラウが冷静にこの場を仕切る。

いけないわ。私ときたら、叔父様の失踪に思った以上に動揺しているらしい。

奇妙な癖が出たようだ。それこそ、切羽詰まった時や緊張してどうしようもない時などに、おかしな挙動をとってしまうのだ。

魔法使い故か、魔女めいた発言をして人心を惑わせたり、変にハイテンションになってみたり。

「そうね。お化粧で上手くごまかせているようだけど、ひどい顔よ」

「おい。ひどい顔とは失礼だろう」

「もうっ!揚げ足を取らないでったら!ひどい顔色、でしょう?」

「ふ、ふふふ」

マリーが小さな笑い声をたてた。

「お二人とも、私を心配してくださるのは嬉しいのですけれど、私なら大丈夫です」

「…マリー」

「ごめんなさい。こんなこと、自分達で解決しなければいけないのに、どうにも手がかりらしい手がかりも見つけられなくて。

こうして、お城まで来てしまいました。本当に申し訳ありません」

そう言って、頭を下げる。

「止めてちょうだい。叔父様はイシュカにとっても、それから、私達にとっても大切な方よ。いなくなったのなら、一緒に捜して当然のことよ」

「はい。ありがとう…、ございます」

マリーが涙ぐむ。

どんなにか心細かったことだろう。異国の地で最愛の夫が行方不明となったのだ。

「さあ。最初から話してちょうだい。それから、どうするか一緒に考えましょう」

カリンが言うと、マリーは指先でそっと涙を拭い、姿勢を正した。

「はい。夫が行方不明になったのはカリン様のおっしゃられたように、二日前のことでした…」

マリーが事の起こりを語り始めた。









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