第12話 魔法使いの真価

子供達のための夜会なので大人達は添え物程度にその場を楽しんでいた。いつもだったら、王城のなかで騒いではいけませんと注意を受けるのに、子供達が騒いでも大人達は叱ったりしない。

それが嬉しくて、さらに騒がしさはヒートアップする。さすがに駆け回ったり、イタズラをしかけたりする子はいない。

全員が身分の高い、または要職につく親を持ち、よく教育されていたからだ。


ひとしきりダンスに誘ってくる男性の相手をしてから、カリンは壁際のソファへと引っ込んだ。

給仕から冷たいシャンパンをもらい、仮面をずらしてから、少しずつ飲んだ。

「まったく、いい気なものね」

中央ではフラウがどこかの令嬢とダンスを踊っている。顔も分からないと言うのに、何故かモテモテだった。

「ねえ。随分と厳重な警戒体制を敷いているようだけど、何かあったの?」

ソファの横に大きな柱があり、そこにヴェドが潜んでいた。

「気付いていたのですか?」

「まあね。けど、安心なさいな。ここにいる人達の大半は、全く気付いてはいないようよ」

そう言って、シャンパンの入ったグラスを傾ける。

「畏れ入ります。数日前に暗殺を生業にする凄腕の殺し屋と裏世界を牛じっている男が都に入ったと連絡を受けまして、こうして厳重な警戒を行っているのです」

「だから、あなたも忙しくて私達の相手が出来なかったって訳ね?」

「はい。申し訳ありません。しかし、ティトとアクサの二人までお二人から離すつもりはありませんでした」

感情を表すことのないヴェドにしては、言葉に若干の怒りが含まれていた。

「敵対しているっていう、近衛隊隊長の差し金かしら?」

「…」

答えはなかったことが答えだろう。

王城のなかは決して一枚岩ではない。

「まあ、頑張って。私達のことなら、心配無用よ」

「は。十分にお気をつけ下さい」

そう言ってヴェドが離れていった。


わざわざ忠告に来てくれるなんて親切なこと、とは思わない。

彼らは自分達を囮に敵を捕らえるつもりなのだろう。

そして、フラウと違って戦力にはならないとふんで私に忠告に来た。

そんなところだろうと、カリンは推測する。

「…本当に舐められたものね」

魔法使いは暗躍を得意とし、防御に優れている。大抵がそういう認識だ。

なかには研究一筋の変わり者だっているし、世をひねて引き込もっている者もいる。

そして、稀に戦いに特化した者だっているのだ。

「そこのところをちゃんと分からせる必要があるわね…」

そう言うと、カリンを中心として見えない光の網のようなものが周囲へと広がっていった。

その範囲は大広間どころか、この辺り一帯を覆い尽くす程である。

これらは魔力を持たない者には感知出来ない索敵のようなものでカリンは動くことなく、周辺の全てを把握することが可能となった。

「後はそう、待つだけね」

そう低く、呟いた。


魔法使いは忌み嫌われる。それは余人にない能力を持っているからだ。

魔法使い同士のみに可能な”念話“能力。姿が消えたように見せる幻覚の力、相手の意識を奪って操れる精神干渉。

そして、触れることなく人の命を奪うこととて可能だった。

だから、人から恐れられる。だから、家族から遠ざけられる。


そんな能力をもって生まれたことをカリンは一度も恨んだことはない。

幼い頃はただ、悲しかった。自分が人と違うこと、家族からも疎まれていることを。

けれど、今は違う。この力で大切な者を守れる。

自分だって、フラウとともに戦えるのだ。それが何よりも嬉しい。


ザワザワと見えない網がうねり、敵が罠に掛かるのを待つ。

夜は、始まったばかりだ。じっくりと待つこととしよう。

カリンは仮面に隠れて、密やかに笑った。


カリンと別れて警備体制の確認に戻る途中、ヴェドは背中からざわりとした悪寒を感じとった。

はっと後ろを振り返るが、誰もいない。薄暗い渡り廊下が延々と続くのみだ。

うっすらと殺意にも似たようなものを感じ、深い深呼吸を数回行った。

「隊長!ここにいやがったのか」

そんな上司を上司とも思わない言動を平気で行うアクサが大きく腕を振りながら、反対側から現れた。

「お前、何も感じなかったのか?」

「はあ?なんのことだ?」

心底、分からないと言う顔をしている。

「いや、いい。何でもない」

自分だけかとヴェドは思考を切り替える。

「それよりもどうしたんだ。お前の持ち場はここではないだろう」

「あー。それがやられちまったよ」

「どうした?」

「俺が休憩に入っている隙に、鼠が一匹、入り込んだらしい」

「詳しい説明をしろ」

アクサによると、北門の一帯を警戒する警備隊の一人が服を剥ぎ取られ、遺体となった状態でついさっき発見されたらしい。

「敵は警備隊の服を着ているんだな」

「だろうな。わざわざ脱がせたんだ」

ヴェドとて、警備隊全員の顔を流石に把握出来てはいない。

「すぐに全員に通達しろ。これから必ず二人一組で行動をすること、知らない顔の警備隊員がいれば、速やかに報告することをだ」

「はいよ」

「それから、俺は将軍にご報告差し上げる」

「了解」

飄々としているが、アクサは歴戦の戦士、傭兵だ。

ヴェドが頼りとする相手だった。彼なら、上手く捌いてくれるだろう。

ヴェドは踵を返すと、ヒイロ将軍が詰めている執務室へと向かう。

目的の扉の前へとたどり着いた。

「至急の用件があり、将軍にお目通りをしたい」

扉の前に立つ従卒に面会を依頼する。すると、入ってもよいと回答を得た。

「失礼いたします」

部屋に入るとヒイロ一人ではなかった。

「閣下がお見えでしたか!」

「うむ」

宰相のジグモンドがソファから後ろを振り返って、小さく頷く。

「それで?至急の用とは何だ?」

対面にいたヒイロが問うた。

「はい。警備隊の一人が殺され、服を奪われた模様です」

「ちっ!」

ヒイロが盛大な舌打ちとともに膝を強く打った。

「だから、夜会を取り止めろと言ったんだ!」

警備隊はヒイロの部下だ。ピトンと派閥が分かれているとは言え、警備隊全員に対して責任がある。

「起きてしまったことを嘆いても仕方あるまい。これからどうするか、早急に決める必要があろう」

「分かっているわ!」

ヒイロとジグモンドは、ほぼ同年で長い時をタイガ陛下の下、ともに過ごしてきた。

タイガ失踪の折り、最後までタイガの行方を捜すと強硬に言い張った。

ジグモンドの説得でタイガ陛下の崩御と言う筋書きを受け入れはしたものの、行方を捜すことを諦めた訳ではない。

自分の代わりが出来るものが育つまでと言う約束で将軍職を続けている。

これは全て、ヴェドがジグモンドから聞いた話であり、真相は定かではない。


「遣り口から見て、ジャッカルのスカルだろう」

「はい。間違いないかと」

「スカルで姫君を害せれば御の字。出来なければ、明日の王城開放で騒ぎを起こすと言う算段か。

いかにも頭の悪い輩の考えそうな筋書きだ」

ジグモンドが吐き捨てるように言う。

「警戒体制の強化を行う。姫達は?」

「まだ、広間にいらっしゃいます」

「ええい!さっさと、部屋へと下がらせんか!」

「了解しました」

ヴェドが部屋から去った。


ジグモンドがソファから立ち上がった。

「…私も自分の仕事をすることにしよう」

「待て」

「何なんだ、一体」

「お前は本当に信じているのか?その、ジークフラウ姫がタイガ陛下のお血筋だと」

「さてな」

「おいっ!」

ヒイロが気色ばんだ。

「お前も見たはずた。彼女の戦う様を」

「確かに、お強さは本物だ。だが、それを言うなら、カイウス陛下のお血筋だからとも言えるだろう?」

お二人はお互いに鬼神の如き、強さであったと、ヒイロが二人の姿を思い出すように目を細めた。

「それはこれから、自分の目で確かめろ。彼女が陛下のお血筋か否か」

「ふん!お前はいつだってそうだ。自分一人で納得して」

ジグモンドは答えず、かすかに唇を歪めるにとどめた。


ヒイロの部屋から出て廊下を歩いているとどこからともなく、護衛の青年が現れた。

「閣下、いかがいたしますか?」

「ヒイロに任せておけばよい」

「しかし…」

彼はヴェドやティトのことを心配しているのだろう。同じ孤児として一緒に育った仲間だからだ。

「ヴェド達なら心配はいらん。あれらは自分の身は自分で守れるはずだ」

「は…」

青年はそう言うと、すっと後方へと下がった。自分は護衛でジグモンドと並んで歩く資格はないと思っているせいだ。

ジグモンドはそんな青年を一瞥すると、すぐに前へと向き直った。

「本当に信じているのかだと?そんなこと、私にだって分かるはずなかろう」

誰にも聞こえぬ、小さな声でそう呟いた。

深い新緑の瞳は確かにタイガ陛下と同じ色をしている。だが、それは亡くなった先王も同じだ。

ただし、その色合いは全く別物であった。

強い信念と確固たる意思を秘めた眼差しまでもタイガと似通っているのはフラウだけだ。先王は、どこまでいっても凡庸で優しいだけの男だった。

「夢を見ても構わんではないか」

タイガが失踪し、そのことを誰よりも憂いているのはヒイロではない。自分だ。

少年の頃、私はあの瞳に魅入られ、ここまで上り詰めたのだから。

一介の羊飼いが一国の宰相となったのだ。生半可な努力ではない。

彼女が本当にタイガ陛下のお血筋ならば、現国王を排除したって構わない。

それがこの国を陛下から任された自分の仕事なのだと、ジグモンドは胸の内でそう考えていた。


ヴェドは早速に行動を開始した。関係部署への伝達や号令。

そして、二人の姫君の確保だ。

「もう!ヴェドったら!何なんですの。急にお二人に部屋へと戻れとは!」

「申し訳ありませんが、ヒイロ将軍のご命令です」

「お祖父様の…」

部屋へと先導するヴェドに、娘達を挟んで後方を警戒するアクサとティトの常にない様子にリリカも納得したようだ。

「理由を教えては下さらないの?」

怨ずるように言っても、ヴェドは理由を教えてはくれなかった。

「お祖父様もあなたも、武人と言うのは融通がきかない方達ばっかり!」

本気で腹を立てているらしい。

「リリカ、あなたまで付き合うことはないのよ。夜会に戻ってはいかが?」

「まあ!カリン様まで私を厄介者扱いするのですか?」

そう言ってプリプリ怒る。

「厄介者だなんて」

「私、お祖父様からお二人を接待するように仰せつかっています。最後までお世話いたしますわ」

「でも、もしかしたら、危険ですよ?」

「もしかしたらって…。カリン様は理由をご存じでいらっしゃるの?」

半信半疑で聞いてくるので、カリンは曖昧な笑みで答えた。

「まあっ!でしたら、なおのこと私は離れるつもりはございません!」

どうしてそうなるのか?理由は定かではないが、カリンは放っておくことにした。

自分達と仲のよいリリカが人質にされる可能性だって、皆無ではない。

それくらいなら、守れる位置にいて欲しい。

「心配しなくてもリリカのことは私が守ってやる」

フラウが任せろと胸をたたく。

「侍女も、一緒にな!」

「まっ!フラウ様ったら…」

リリカはもちろんのこと、彼女付きの若い娘も羞恥で真っ赤な顔になった。

こらこら無意識に信奉者を増やさないでと、カランが生ぬるい目付きで従姉妹らを眺めていると、体に衝撃が走った。


キインー!


張りつめた網に獲物がかかった手応えを感じる。と同時に魔力が網へと吸われていく。

獲物が抵抗しているのだろう。カリンはぐっと魔力を押し出す。

一連の動きは全て水面下で行われた。誰一人、フラウにすら気付かせない。

そうして、彼らは二人に与えられた部屋へと到着し、部屋の周囲が厳重に守られた。


リリカは当たり前のような顔をして、二人の居間へと入り、ソファの一つを占有する。

「リリカ様」

カリンが声をかけると、

「何でしょう?」

と、リリカが疑いもなく、こちらを見た。

カリンは彼女の目を見つめ、眠るように暗示をかける。

こてりと体が傾ぎ、リリカが眠りにつく。

「お嬢様?」

主の様子がおかしいことに気付いた侍女が駆け寄ろうとしたところ、フラウがそっと首筋を手刀で突いた。

意識を手放した侍女の体を片手で支える。

「お前なあっ!やる時は一言、声をかけたらどうだ?」

カリンがリリカを強制的に眠らせたことに気付き、咄嗟に侍女も手刀で眠らせた。

リリカの眠るソファの反対側のソファに侍女の体を横たえる。


「かかったのか?」

「ええ」

満面の笑みで応える従姉妹に、心底、ぞっとする。

まるでジョロウグモのようだ。獲物が網にかかると瞬時に絡めとり、身動きを取れなくする。あとはじっくりと時間をかけていたぶっていく…。

「はあっ。私よりお前の方がずっと物騒なのに、どうして、そのことに誰も気付かないんだ?」

「あら?お褒めに預り、光栄ですわ」

「褒めてなどいない」

「まあまあ、いいじゃないの。それより、かかった獲物の顔でも見にいきましょうよ」

うきうきとカリンが扉を開いた。











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