第11話 生誕祭の裏で

生誕祭は、ビースター・テイルで古くから行われている子供のためのお祭りである。

昔は国王によって統治されていなかったため、各部族や集落でそれぞれ祝われていたそうだが、タイガによってビースター・テイルという国家が興って以来、都で大々的に開催されるようになった。


ここしばらく、王城内が騒がしい。今も廊下を走るのではなく、出来るだけ急ぎ足で歩いていく人々が大勢行き交っている。

そんな忙しい人達を横目にし、カリンとフラウは半ば放置されていた。

「あらあら。忙しいわね」

二人は、最近のお気に入りの場所と化している訓練場が見渡せるテラスに来ていた。

いつもは鍛練する騎士や兵士でごった返しているのに訓練場は閑散としていた。

「この分じゃ、ますます、陛下とお話する機会が遠のいてしまうわね」

「全くだ。あのチビ、何だかんだと逃げおって」

「…チビは止しなさい」

フラウがふんとそっぽを向く。

コウガからはもちろん、ジグモンドからも何の音沙汰もない。

二人が都に到着して、既に10日あまりが過ぎていた。

その間のほとんどを国賓として、王城の一部を与えられ、特にすることもないのでのんびり暮らしている。


やがて、フラウが確かめるような顔つきでカリンに問うてきた。

「…陛下からは何も言って来ないのか?」

陛下とは、この国の王であるコウガのことではない。イシュカ国王ロータス、カリンの父親を指す。

数日前に起きた、王城内での襲撃のことは伝えた。一般的な手紙でのやり取りではない。魔法使い同士で用いられる、遠距離でも会話が出来る“念話”を通してだ。

「いいえ、何も」

カリンはことさら、素っ気なく答えた。

「そうか…」

フラウが目に見えて落胆する。

「何も言ってこないのは、私達を信頼している証かもね。

それとも、私達なんて、どうなっても構わないと思っているのかも知れないわね」

「…」

二人は高貴な身の上ながら、それぞれの理由から親との縁が薄かった。

それでも母親である王妃が、それとなく自分達を気にかけてくれていると思うことはあっても、父親である国王に肉親の情などこれっぽちも抱いてはいなかった。

王族の間で時折生まれてくる魔法使いは、ある種、異端扱いで魔人を退けるために命を落とした大叔母もそうだった。

今でこそ、聖女エイラとして、その名を残してはいるが、使い捨てにされたとしても誰にも文句は言えないのだ。

「あー!辛気臭いのはなしっ!私達もお祭りの雰囲気だけでも楽しみましょうよ」

自分で言っておきながら、果てしないマイナス思考が嫌になる。

「うん…」

フラウの表情は冴えなかった。


失敗した。カリンは心のなかで反省する。

と言うのも、フラウは、陛下から今回の使節に抜擢されたことをことのほか喜んでいたからだ。

自分と同じ様に世間から隔離され、本当の意味での自由を奪われてきたフラウは、自分にも出来ることがあるのだと勢い込んで国を出発した。

だからこそ、到着早々に色々とやらかした訳だが。

フラウなりに故国と自分の血筋のルーツであるビースター・テイルを繋ぐ架け橋となる気持ちだったのだろう。


フラウが誰もいない訓練場を静かに見つめる。カリンもまた、掛けるべき言葉が見つからず、押し黙った。

重い沈黙が二人の周囲を押しつつんだ。

と、そこへ底抜けに明るい声の持ち主が現れた。

「まあ!二人とも、こんな所にいらっしゃったの?少しばかり、捜しましたわ」

リリカが怒ったように言う。

対するカリンは不思議そうに目をしばたかせた。

「え?ここに行くと告げて来ましたけど?」

国賓とは言え、要注視人物として、二人には監視を目的とする侍従が付けられている。

この侍従に自分達の行動を、逐一、告げてあるため、二人がいる場所を捜す必要などなかったはずだ。

カリンがそう聞くと、

「侍従も人手が足りなくて大変なのですわ。誰もいないお部屋にずっとついているはずありません」

「そうですか。それは申し訳無いことをいたしました。それならば、私達は部屋でじっとしていた方がよろしいかしら?」

「そんな勿体ないこと!せっかく、この時期にいらしたと言うのに。お祭りは皆で楽しむものですわ」

「はあ、そうですか」

いまいち理解出来ない。イシュカで王族や貴族が参加するお祭り、いわゆる祝典はもっと厳かなものであるからだ。

そこへフラウが会話に割り込んできた。

「それじゃ、ヴェドの奴も忙しいのか?」

今朝から、ヴェドどころか残りの二人の顔も見ていない。

「あら?そう言えば、警備の者はどうなさいましたの?ジグモンド閣下がお二人のために直々に護衛するように命じられましたのに」

怪訝な顔で周囲を見る。

すると、少し離れた場所で警護にあたっていた王城の警備隊の一人がすっと前に出た。

「ヴェド隊長は王城警備の打ち合わせに出席されておられます。残りの二人も人手が足りないからと連れて行かれました」

リリカはヒイロ将軍の孫娘だ。報告する兵士は、自分の直属の上司よりも、はるかに上、頂点にいる将軍の孫娘相手に緊張しているようだ。

「まあ…。忙しいのは分かるけれど、大事な国賓を放っておくなんて」

「大丈夫です。我々が代わりにお守りいたしますから!」

彼と仲間の二人は、新兵なのが一目で分かる。初々しいとしか言いようがない。

「そうですか。気を抜かぬようにね」

全く、ついこの間、襲撃があったと言うのに王城の警備隊は何を考えているのかしらと、リリカが小さく呟くのを、カリンは聞こえない振りをした。

それと言うのも、王城の警備は近衛隊を仕切るピトンとヒイロ将軍の陣営に分かれて対立しているのだ。

コウガが王となって以来、ゾリス卿とその取り巻き達が優遇され、ヒイロ将軍側の旗色は悪い。

ヴェドらが駆り出されたのも、そんな関係からだろう。

それは他国人であるカリンが立ち入ることではない。

「今宵は前夜祭として王城で舞踏会が催されるとお伝えしましたでしょう?

悠長にしていたら、お仕度が間に合いませんわ」

「いいえ。前にもお断りしておいたはずです。私達は極力、目立ちたくないと」

「大丈夫。今宵は仮面舞踏会ですから」

「はい?」


あの後、無理矢理、普段着用のドレスから豪華なドレスに着替えさせられた。

仮面と言うが、目を覆い隠すだけの代物ではない。顔をすっぽり隠すものだ。

ついでに猫耳までついている。何なの?

「ちょっと!どうして、あなたは男装なのよ!」

左隣を歩くのはフラウだ。こちらもめかし込んではいるが、男性用の宮廷服である。

仮面は鳥を型どったもので嘴がついている。

「…格好いいじゃないの」

白い上下の宮廷服を着こみ、ゆるくリボンで結んだ黒髪をさらりと肩に垂らしてある。

くうっ。女性だと知っていなければ、完璧な貴公子である。

そんなフラウにエスコートされるカリンは、女性達の羨望と嫉妬の眼差しに晒されていた。

理不尽だ!と、声を大にして言いたい。

「本当に…。フラウ様は女性にしておくのが勿体ないですわ」

フラウの右隣にカリン。そして、左隣をウサギ耳を生やした仮面をつけたリリカが歩いている。

え?犬の獣人なのにウサギ?と、思わないでもない。

「いつもと違う自分になれるのが仮面舞踏会の醍醐味なのですわ」

元々耳がついているのに、わざわざ別の耳をつけたいと言う獣人の感覚にはついていけない。

前夜祭は貴族のお祭りだ。もちろん、子供がメインなのでたくさん来ている。

子供達は仮面をつけてはいない。元気一杯に王城の広間を駆け回っている。

こう言うところもイシュカの宮廷と違っている。宮廷に来られるのは成人した者のみ。きちんと紳士淑女のマナーを叩き込まれた者だけだ。

「あら?随分と大勢の、似たような子供達がいるのですね」

「獣人は軽種の者ほど、多産ですから」

獣人の区別はこうだ。犬や猫、ウサギや羊と言った軽種と呼ばれる階級と、狼や虎、象や牛など重種と呼ばれる階級とに区別される。

種として強く強靭な者ほど、子供が生まれにくくなるのだそうだ。

だから、異種族関の婚姻が推奨されるのだろう。

「私の母は犬の獣人ですけど、父が虎ですから、子供は私一人しか生まれませんでした」

なるほど、異種族であってもより強い種の性質が強く発現するのだろう。

犬耳の三つ子や猫耳の双子達が一緒になって戯れている。

ちょっとほのぼのとしてしまった。


「あ!陛下がお出ましになられましたわ」

リリカが指差した先には、なるほど、コウガがいた。

自分の背丈よりも長い深紅のマントを羽織り、その裾を侍従にもたせ、広間を見通せる場所へと階段を降りてくる。

国王であるコウガとその側近達は仮面をかぶってなどいない。素のままだ。

そして、コウガは皆のいる広間に降りてくることはなく、階上から語った。

「今夜は無礼講である。皆で楽しむがいい」

そう言って、すっと右手を上げると皆の間から、わっとばかりに歓声が上がった。

そんな風に簡単に挨拶するに留め、コウガはやがて退出して行った。

「陛下は御一緒しませんの?」

「ええ。まだ成人前という事で大抵、顔を見せるだけですの」

「子供のお祭りでしょうに」

「ええ、まあ。子供でいらっしゃいますが、国王ですから…」

カリンは、もしかしたら、コウガは自分達と似た境遇ではないかと胸がざわついた。

「…ほだされるなよ」

「何のこと?」

「お前は子供に甘いからな」

むっとして、フラウを見上げた。

「時と場合によるわよ」

「どうだか。魔法の塔は孤児院じゃないんだぞ?どれだけ、集める気だ」

「うるさいわね。ちゃんと私の個人資産で運営しているのだから、文句を言われる筋合いはないわ」

魔法の塔に隣接する施設に大勢の孤児達が暮らしている。親のない子や親から見捨てられた子供達だ。

国にも孤児院は幾つもあるが目に留まった子供でない限り、保護の対象にはならない。

親はいるが虐待を受けている子や理不尽に売られていく子をカリンは拾い上げているのだ。

「他国の王まで拾ってくるんじゃないぞ」

「そんなこと、する訳ないでしょう?」

それこそ、外交問題へと発展する。

「そんなことより、踊りましょうよ」

相変わらず、リリカはマイペースに二人を振り回す。

踊る輪のなかに引っ張り出されたフラウが仕方なさそうに相手をする。

カリンもまた、牛の仮面をつけた男性にダンスを誘われた。

どうして、牛を選んだの?とは聞いたりしない。

差し出された手にそっと自分の指を重ねた。


広間は軽快な音楽の音と、大勢の大人と子供とで賑わっていた。

そんな人達を尻目に、王城の片隅から一人の男が忍び寄る。

すっぽりと黒いマントを被った男の足元に警備隊と思われる男性が一人、明らかに絶命した様子で横たわっていた。

男は、警備隊の男性の服を剥ぎ取ると、自身で着込んだ。

髪を撫で付け、服を整える。すると、そこには剣呑な殺人者ではなく、一人の、誰の目にも留まらなそうな平凡な容姿の警備兵が出来上がった。

男はにこやかな笑みを浮かべ、足元の死体を足で乗り越えると、賑やかな広間の方へと足を向ける。

男の獣人としての種はジャッカルである。けれど、それを巧みに隠し、ただの犬の獣人に似せてあった。

男は足音一つ立てず、獲物を狩りに出る。

彼に提示された依頼は、美しい、異国の姫君達の暗殺である。

「くくっ」

思わず、もれた笑い声を聞いたものは誰もいない。

ただ、欠けた月のみが男の背を照らしていた。











今日と明日は生誕祭で訓練どころじゃなく、皆、様々に駆り出されていると言うのに!」

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