第9話 新緑の瞳が見せる世界

トルーガ戦役では鬼神の如く、戦場を駆け抜けた二人の若き国王を、両国では英雄と讃えた。

中でも特筆すべきなのが、その剣の腕前だ。流れるような流線を描きながら、敵を切り伏せた『柔』の剣士カイウス。

そして、獣人のりょ力を持って荒ぶる大剣を振るい、敵を地面に叩きつけた『剛』の剣士タイガ。

二人はともに、剣王と称せられ、今も民衆の語り草となっている。


一人、また一人。剣が閃き、フラウが舞うような動きで敵を蹂躙していく。

ティトとアクサもまた、負けじと善戦しているが、フラウには遠く及ばない。

十数人と囲まれていたのが、あっという間に三人となった。

こうなっては流石に自分達に勝ち目がないと悟ったらしい。遅すぎるとも言えるが、彼らは逃げることを選択した。

「逃がしませんわ」

カリンが短く詠唱する。

すると、どこからともなく光の縄が出現し、逃亡を試みた一人の体にまるで蔦のように絡みついた。

「ぐあっ!」

体のバランスを崩し、男が転倒する。

カリンが男へと近付いた。

そこへ、シュッと空気を切り裂く音が遠くに聞こえた。

「伏せろ!」

フラウの声にカリンは立ち止まり、床へと伏せた。

同時に、第三者が滑り込むかのように駆け寄って来て、カリンへと飛来してきた矢を剣で叩き落とした。

「まだ、頭を上げないように!」

仲間から、急を知らされたヴェドが援軍に駆けつけたのだ。

次から次へと頭上から降り注ぐ矢を巧みな剣技で全て落としていく。

「これは一体、何事か!そなたら、ここがコウガ陛下のおわす王城内であると知っての狼藉か!」

たくさんの足音とともにヒイロ将軍が部下とともに現れた。

彼らは統率された動きで残った刺客やアクサ達によって動きを封じ込められただけの生き残り達を捕縛していく。

同じく、弓を得意とする武官の数人が射者を射落とした。

ダンと大きなものが高い場所から落下したような音が響く。

床に伏せていたカリンは、それらをただ音として聞いていた。


「カーリーン姫、ご無事ですか?」

ヴェドがカリンへと手を差しのべた。

もう大丈夫のようだ。

「ええ」

言葉少なにカリンが答え、その手をとって立ち上がった。

「遅くなって申し訳ありません」

ヴェドが腰を折って謝罪する。

「あなたは昨夜の不寝番で仮眠をとっていたのですもの。何の落ち度もありません」

カリンはドレスの汚れをさっと払い、ヴェドへと向き直る。

「けれど、これほどの数をよくも用意しておいたものですね」

捕縛された男の顔を見れば、明らかに王城の人間ではない。流れの傭兵か暗殺者だろう。

依頼者の足がつかないよう、その手の人間を雇ったのだろうが、こうも易々と王城へと入り込ませるのを許すとは杜撰な警備である。

「これでは陛下と言えど、安心してお暮らしにはなれませんね」

チクリと嫌みともとれる言葉を発する。

「はっ。面目次第もございません!」

「殿下、その責めはこのヒイロにございます。ヴェドの失態ではございません」

重そうな甲冑をまるで服を着ているかのような様子でヒイロ将軍がカリンの目前へと歩み寄って来た。

ガシャンと音を立て、彼は片膝を付いた。

「このような事態を引き起こしたのは私の咎です。どのようなお咎めも甘んじてお受けします」

この国の武官の頂点に立つ男が、頭を下げ、異国の姫君に膝をついたのだ。

大きなざわめきが起こった。

「どうか、お顔をお上げ下さい。もし、責めを負うと仰るのならば、この城へと入り込んだ王国の敵を見事、討ち取って下さいませ」

その言葉が意味するのは、襲ってきた刺客の処分だけではない。

ビースター・テイルに蔓延っているであろう、王国の存続自体を脅かす国賊の討伐も意図していた。

ヒイロは、カリンが言外に含んだ言葉の意味を正確に受け取った。

「…この身に代えましても」

さらに深くこう頭する。

その横でヴェドもまた、首を下げた。


「カリン!」

バタバタとやって来たのはフラウだ。

「無事だな?まあ、お前には守護の魔法が効いているから、矢があたった所でどうなるものでもないが」

その通りではあるが、心配されないのは面白くない。

「まあ!何て言い草かしら!刺客も全員、殺してしまって、これでは自白させることも出来ないじゃない」

むろん、何人かは生き残りがいるが、フラウは全て切り殺していた。

「う。それはその…」

「あなたは手加減と言うものを教わったほうがいいわよ」

一旦、言葉を区切り、カリンはいいことを思い付いたような顔をした。

「そうだわ。ヒイロ将軍、指南役は如何ですか?」

すると、立ち上がっていたヒイロが目を白黒させた。

「私はその、指南役には向いてないようで…。教え子は皆、屍のようになってしまうので」

ああ、強いけれど教えるのは苦手なタイプか。

「ヴェドなら、適役ですぞ」

「はっ!何を仰るのですか!」

ぎょっとしたようにヴェドがヒイロを見る。

「お前はティトを始めとする、若い者を何人も教えているではないか」

「あれはジグモンド様に頼まれて!」

「いやいや。このように謙遜しておりますが、ヴェドは後進の育成に積極的でしてな。天性の剣士であられるジークフラウ殿下の相手に相応しいかと」

ヒイロはフラウの剣技を垣間見たのだろう。そう言って、チラとフラウを盗み見た。

当の本人は…、多分何も考えていない。

「いい加減、体が鈍ってきたところだ。相手をしてくれるなら、願ってもないが?」

「はっ?いや、俺ごときがそんな」

ヴェドもまた、カリンの腕前を間近で見た一人らしい。

下手をすると自分の命が危ういと真っ青になった。

「タイガ陛下も対等な相手となる者がなかなかおらぬでな。どうにも手加減が出来ない、お方であった。

私は当時、新米に毛が生えた程度の新兵であったから、遠くから眺めておっただけだが、カイウス陛下と出会い、剣の強弱を学ばれたのだ」

「俺にカイウス陛下の代わりは務まりませんよ!」

半ば悲鳴のような抗議はヒイロによって黙殺された。

「どうですかな?両国の友好を兼ねて…」

「ほう。お祖父様が…、そうか。ならば、我が国とビースター・テイルの結束を深めるためにも良いな!」

ひいいっと言う、ヴェドの心の声が聞こえてくるようであった。

カリンもまた、あえて聞こえない振りをした。何事にも犠牲はつきものだ。

この襲撃が無かったことには出来ないが、両国の間に余計なヒビを入れることもあるまい。

襲撃に関してはヒイロやジグモンドとスチュワート叔父の間で何らかの取り決めや提案が成されるだろう。それは外交問題である。

カリンの関与するところではない。


「とても良いと思いますわ!フラウの剣の基礎は『柔』の剣ですもの。『剛』の剣を学べば、自ずと手加減のコツとか掴めるかも知れませんものね」

そう言って、パンと両手の手のひらを合わせた。

「いいですな」

「まあ、暇潰しにはなるか」

この中で一人、ヴェドだけが顔面蒼白であった。


ごめんなさい。決して人身御供と言う訳ではないの。イシュカとビースター・テイルの融和のために人肌脱いでちょうだい。

カリンは心のなかで、そう謝った。


こうして王城内における最初の襲撃は事なきを得たが、これで終わりではなかった。

数人の刺客の亡骸が散乱する一角を遠い階上から眺める人影が複数あった。

一人はギリと落下防止の柵を指で握りしめ、一連の顛末を歯噛みしながら見ていた。

もう一人はそっと相手へと耳打ちする。

「まことか?」

疑う相手に耳打ちした方がこくりと頷いた。

「ならば…」

そう言いながら、その場を後にする。

またもや、新たな暗躍が行われようとしていた。その策略の如何が知れるのは、そう遠くない。

けれど、この時はまだ、カリンらの知る所ではなかった。


ビースター・テイルを内外から守ろうと相反する人々がいた。

目的は同じなれど、両者は決定的に立ち位置が違っていた。

その違いを埋めることこそが解決への道筋であるのに、それに気付くことはなかった。


ビースター・テイルの側に刺客の処分を任せたが、大半は徒労に終わった。何故ならば、彼らは生き残った者も全て自死してしまったからだ。

「暗殺者を生業にする者にはよくあることよ」

だからこそ、外部からわざわざ招き入れたのだ。小さな穴から、城へと手引きした者が割り出されるリスクを犯してまで。

それらの調査はヒイロらに任せ、カリンとフラウは相変わらず、のんびりと他国の城で暮らしていた。

最早、焦ることなどない。ビースター・テイルとの同盟強化の前に、この国の現状打破が必要と分かったからだ。

魔人の調査はイシュカの魔法使い達が継続して行っている。焦ったところで、何らかの結果を待つのであれば、場所がどこであるかは関係ない。

コウガからの招きは未だになかった。襲撃者によって、王の身辺の危険性が改めて浮き彫りにされたためだ。

万全の警備態勢が整うまで会合を設けることは出来ない、とのことだった。


「悠長なことね…」

カリンは、兵士の訓練場が見渡せるテラスで優雅にお茶を頂いていた。

「何か仰いまして?」

カリンの真向かいに座る貴族女性が尋ねた。

「いいえ。こちらからはよく見えますね」

「そうでしょう?意外と知られていない穴場なのですわ」

彼女の名はリリカ。ヒイロ将軍の孫娘なのだそうだ。髪の毛と同じ色の、艶やかな毛並みの垂れた犬耳が愛らしい。

ふわふわとした綿飴のような白銀の髪としっぽを持つ犬の獣人だ。

将軍は虎の獣人だが、子供や孫が全て同じとは限らない。彼女は母親と同じ犬であった。

「それにしてもリリカ様は怖くはありませんの?私達は、再び、刺客に襲われる危険性がないとも限りませんのに」

「あら。それこそ、杞憂ですわ。刺客が怖くて将軍家の女は名乗れませんもの」

驚いたことに、ヒイロ将軍は入り婿で代々女系の一族なのだそうだ。

「亡くなった祖母も母も、夫が出陣する度に家を守ってきたのですよ?」

そう言って、コロコロと笑う。年はカリンより一つ上で絶賛婚約者募集中なのだそうだ。

「私の夫となれば、将軍家を継ぐ継がないは関係なく、武官としての腕を求められますでしょう?生半可な相手では皆が納得しないのです」

「それでここで品定め、ですか?」

「まあ!カーリーン様ったら!」

朗らかな笑顔で笑う。身分のある貴族にしては気持ちのいい相手だ。

イシュカの貴族の女ときたら、表では仲良く笑い合いながら、裏では陰口や足の引っ張り合いなど陰湿この上ない。

ほとんどが自分が最もちやほやされたい。もっと上の家格の貴族に縁付いて、贅沢したいということしか考えていない。

付き合うだけでげっそりする輩ばかりだ。

そこにいくと、リリカは愛らしく裏表がない。いや、隠そうとしないと言うか。

「やっぱり、ヴェド様は抜きん出ておられますね。でも、宰相のジグモンド様に心酔しておられて我が家にお迎えしたくともうんと言って下さらないんですの」

はあ、とため息をつく。彼女が見ているのは訓練場でフラウと手合わせしているヴェドの姿だ。

「本当にフラウ様が男性でいらしたら、私、速攻、あの方の前に身を投げ出しますのに」

今度は頬をバラ色に染めながら、熱っぽく語る。

完全に恋する女性の目だ。


フラウが女で本当に良かった。


それがカリンの正直な感想だ。と言うのも、この国では夜這いの習慣が残っていて、しかも、女性からなのだ。

男性が行った場合、合意があればともかく、なければ厳罰に処せられる。

「ビースター・テイルでは変わった風習がおありなのですね」

心からそう言うと、リリカが、

「あくまで、我が家の風習ですの。元々が寒さの厳しい、ここよりももっと北の集落で暮らしていた頃の名残なのですけれど…」

元を辿れば縁続きに当たる、小さな集落が点在し、同じ集落で血が濃くなるのを防ぐ目的で互いの集落から娘を交換し合い、そうしたことを行ってきた、らしい。

「ビースター・テイル全体がそうとは限りませんから、カリン様も気に入ったからと言って夜這いを仕掛けてはなりませんことよ?」

いや、しませんし。

「ご忠告痛み入ります」

辛うじて、最低限の笑顔でそう答えた。












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