第8話 幾つもの思惑と刺客の襲撃
その日は結局、再度の話し合いが行われることはなかった。
カリンとフラウの二人はジグモンドの申し出で王城内に留まることとなり、叔父だけが大使館へと戻ることとなった。
「くれぐれも用心を怠らないようにするんだよ。君達は私なんかより、ずっと強いけれど、それでも油断は禁物だ」
くどいほど、そう繰り返して去っていった。実際、叔父は文官としての能力が高いが、武官として頼りになるとはお世辞にも言えなかった。
だからこそ、守る対象は極力少ない方が良いと二人を残して帰ったのだ。
そして、ジグモンドもまた、彼なりの配慮をして見せた。
「これは私が信頼している武官です。あなた方にお付けしますので、どのようにもお使い下さい」
そう言って、紹介されたのは長身でがっしりとした体格の、一人の武官だった。
黒い髪を全体的に短く刈り込んでいて、一房だけ長く残している。その長い髪に緻密な刺繍の施された紐を巻き付けてあった。
もしかすると、彼の出自である種族の伝統なのかも知れない。
その青年は、短い丸い耳と細い尾を持つ、豹の獣人であった。
「ヴェドと申します」
所属としては王城付きの武官で国王を警護する近衛隊とは別の部隊に所属しているのだそうだ。
「あら?近衛隊とどう違うんですの?」
カリンがヴェドに尋ねた。
「今の近衛隊はゾリス卿の息のかかった者ばかりで編成され、私が所属する王城警備隊はヒイロ将軍によって統率された部隊なのです」
堅苦しいくらいの、重い口調だ。
どうも、女性と話をするのを苦手とする部類の人間らしい。
見た目からして、女性にもてそうなのに残念なことだと、カリンは内心そう思う。
「ヒイロ将軍、ですか?もしかして、謁見の間にいらした銅色の甲冑を身に付けていた方かしら?」
記憶にあるのは、いかにも屈強そうな初老の男性であった。
「私の隣に立っていた男がそうですよ」
ジグモンドが肯定する。
「やっぱり?では、ゾリス卿の隣にいらしたのが近衛隊の隊長?」
ゾリス卿の隣にも甲冑を付けた男性がいた。ただし、こちらはヒイロ将軍とは違って簡易甲冑で、身軽さと美麗さを強調するものだった。
文官然とした側近が居並ぶ中で、二人だけ武官の装いだったから、そうではないかと思ったのだ。
「いかにも、さようです。あの男はゾリス卿の身辺警護から成り上がった、どこの誰とも知れない出自の卑しい者です。決して、近寄ろうなどと思わないで下さい」
そう言い残すと、ジグモンドもカリン達の元から去っていった。
「自分は扉の前を警護いたします。それから、この二人は私の部下です。
私が側にいない時は、この者達にご用を申し渡しください」
「分かりました。よろしくお願いしますね」
二人のうちの一人は叩き上げの戦士と言う風な中年男性で、もう一人は兵士となって間もないような若い青年だった。
「フラウ!あなたも挨拶なさい」
面倒くさがって部屋から出ようとしない従姉妹を呼びつける。
「はいはい」
のそのそと、いかにも面倒そうに部屋から出てく来た。
「こちらが身辺警護をして下さる三人よ。ヴェドと、それから…」
「若い方がティト、年寄りの方がアクサです」
そう紹介したヴェドに対し、
「誰が年寄りだ」
と、アクサが食って掛かった。
「いつも自分で言っているだろう?」
「てめえで言うのと、他人から言われるのとじゃ、訳が違わあ」
王城に勤めているにしては、随分とまあ、ぞんざいな口のききかただ。
カリンは驚きで目を丸くする。
「言葉に気をつけろ。イシュカ王国の姫君達の御前だぞ」
「へいへい」
「あの…、何と言うか。王城の警備隊の方はおおらかなのですね」
カリンは面食らったような顔でヴェドとアクサ、二人を見比べた。
アクサの言動は、イシュカの近衛騎士団とは大違いであった。
「ビースター・テイルでは傭兵上がりでも武勲次第で警備隊に入れますから」
その謎は、あっさりとヴェドが解いた。
「まあ。傭兵だったのですか?」
「イシュカじゃ、とんと需要がないが、ビースター・テイルは辺境の国だからな。魔獣が出るのさ」
「魔獣!」
カリンが俄に色めき立つ。
「まあ、まあ、まあ!」
興奮したように自分から、アクサへと詰め寄る。
「魔獣と言うと、あの…、ヘルガーとか?」
「ぶっ。お姫様よお。そんなのと出くわした日にゃ、命が幾つあっても足りねえよ」
ヘルガーは魔獣の中でも竜種に次いで希少で、かつ獰猛な虎に似た魔獣だ。
動物の虎の三倍近い巨体をもち、虎にはない俊敏さと魔法の力で獲物を屠る。むろん、人間もその対象だ。
ヘルガーが出没し、一村が滅んだとはよく聞く話だ。
「まあぁ。そうですか」
がっかりする。
「ヘルガーの牙は魔法使いには垂涎の代物ですのよ」
牙を粉末にしたものを魔法に用いると威力が跳ね上がるのだ。
「まあ。狩れねえことはねえが」
ヘルガーの縄張り、棲み家は分かっているので狩ろうと思えば狩れるらしい。
「もし、よろしかったら、私も狩りに付いていってもよろしいかしら?」
「はあ?あんたがか?」
「ええ。足手まといにはなりません」
「本当かよ…」
疑わしそうにアクサがカリンの全身をとっくりと眺める。その目に少しばかり、好色そうな色が見えるのは、多分、見間違いなどではないだろう。
「ちょっと待て。狩りなんてしてる場合か」
テンション高めのカリンに、フラウが釘を差す。
「お前も、間違ってもカリンを狩りに連れていこうなどと思うなよ」
フラウがジロリとアクサをね目付ける。
「そりゃ、端からそんな気はねえが。あんたこそ、どうなんだ?ちったあ、剣が使えそうじゃねえか?」
カリンの身のこなしから、剣士だと察したらしい。
「あんたなどと呼ぶな。私は、カリンの従姉妹にあたる侯爵家の人間だ。
名を呼びたければ、ジークフラウとでも呼ぶがいい」
「…侯爵様のお血筋、ですかい?」
言いながら、自分達とさして変わらぬ、男装に身を包んだフラウを胡散臭そうに眺めた。
今度は好色そうな色はない。剣士としてどれほどかと確かめるような眼差しだ。
「ははーん。こっちのお姫様はお姫様らしくありやせんね」
言われなければ、男と間違われるんじゃねえかと揶揄する。
「アクサ!無礼な口をきくなと言っただろうっ!」
流石にヴェドは上役として、アクサの態度に物申した。
「構わん。私はイシュカにおいても異端児扱いされているからな」
「は?しかし…」
戸惑うヴェドを放置して、カリンへと向き直る。
「それはそうと、カリン。お前は私には大人しくしろと散々言っておきながら、魔獣狩りに行きたいなど言語道断だぞ?」
「わ、分かっているわよ。ちょっと言ってみただけよ」
「どうだか、お前は魔法に活用出来るものに目がないからな」
「飽くなき探求心と言ってちょうだい」
「単なる魔法馬鹿だろう」
「未知なる世界への、飽くなき挑戦者なのよ」
「ゲテモノ狂い」
「なっ!誰がゲテモノ狂いですって!」
そんな風に警備隊の面々を放って、二人してギャーギャー、ワイワイやりながら、部屋の中へと入って行った。
残されたのは呆気にとられた三人だ。
「いや、まあ。何と言うか、変わったお姫様達だな?」
「そうですねえ。変わり者みたいですけど、お二人ともお綺麗ですね」
アクサとは別にティトもまた、頓珍漢な返答をする。
二人とも腕は立つのだが…。
「…いいから、持ち場に戻れ」
姫君方にあてがわれた部屋の前で、ヴェド達三人が昼夜問わず、交替で警備する予定である。
むろん王城には別に警備の者が巡回しているので三人限りでなはいのだが。
「はあ…」
閉ざされた部屋の扉の前で、ヴェドは普段の彼らしくもなく、大きなため息をついた。
ビースター・テイルは獣人の国だから、女性もそれなりに強い。肉食系の獣人なら尚更だ。
けれど、自分が警護を任された二人はヴェドが知る女性達と何かが決定的に違って見えた。ただ、それが何なのかが説明しづらかった。
今度、女性の扱いが巧みな幼なじみに聞いてみようとヴェドは心のなかで思うのであった。
それから数日、何事もなく過ぎた。イシュカから来た姫君のために宴が開かれることもなく、二人は王城の一角で半ば隔離されたような生活を送っていた。
スチュワート叔父は毎日顔を見に通ってくれているが、マリーは最初の日に二人の衣類などを持って訪れたきりだ。
と言うのも、本人は毎日でも二人の安否を確認したいと申し出たのだが、カリンが断ったのだ。いつ、どのように情勢が転ぶか分からない所にか弱い女性を近付けたくない。
その代わり、マリーは夫にその役目を頼んだ。むろん、妻に言われずともそうする予定だったのだが。
一日一日が、ただ、流れていく。そんな平穏の影に隠れて、蠢く影が近づこうとしていることに気付くことはなかった。
嵐の前の静けさ―。
まさしく、それだった。王城に滞在すること三日目、二人は突如として何者かの襲撃を受けた。
コウガ国王の目の前で、イシュカの王族にもしもの事があれば、両国家間に大きな溝が出来るばかりか、下手をすれば戦争が起こるやも知れないと言うのにだ。
十数人の刺客を前にして、カリンはこの国が、もう長くはもたないだろうと悟った。
魔人襲来を予見し、警告を与えに来た他国の人間を害そうと言うのだ。
魔人によって滅ぼされるどころではなく、その前に、この国は腐った内部から滅んでいくだろう。
それを思うと、自分達がここに来た意味がないと無力感に苛まれる。
ビースター・テイルの助力なしに魔人と対抗出来るとも思えない。
イシュカもまた、滅びる運命なのかも知れないと。
「っお前らあっ!この屑どもがあっ!」
フラウが腰に提げた剣を抜き放つ。
怒髪天を突く、怒りのあまりフラウの髪の毛が総毛立って見える。
「それが盟友に対する礼儀かあっ!」
手にした剣を降り下げると、ぶんと大きな音が鳴った。
刺客らに言葉はない。あるのは明確な殺意だけだ。
「下がって下さい!我々が対応いたします」
今二人に付いているのはヴェドではない。ティトとアクサの二人だ。
「まあ、しゃーねーな」
二人がカリン達を守るようにして立つ。
「あら。ご心配には及びませんわ。私達も戦えますから。ねえ、フラウ?」
フラウからの返答はなかった。
彼女は爛々と目をぎらつかせながら、敵を見据えていた。
「全員、殺してしまわないようにって、聞こえてないわね」
「はあ?」
カリンの言葉に、アクサ達が目を向く。
彼らを余所に、フラウが床を蹴って、刺客へと斬りかかった。
たった一振りで刺客の一人の頭部が胴体から切り離された。
たん、たん、たん。
布で覆い隠された男の頭部が床へと転がった。
その後の一連の動きを目撃したビースター・テイルの一部の人間は目を疑った。
フラウのその剣の妙技に、ある一定の年を重ねた目撃者達は、往年の剣王と称せられたタイガ国王の片鱗を見たのであった。
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