生保大戦2

加藤は、帝都から落ちのびた後、恵子と暮らしていた。

加藤が、上司をなぐったりして、職を転々としているときも、恵子が支えてくれたらしい。

加藤は在日韓国人で恵子は日本人。

いろいろあって、籍は入れているが、駆け落ちをしており、いずれの親も頼れないとのこと。

ま、年齢も年齢なので、もう亡くなっている可能性も高いらしいが、駆け落ちなので、音信不通。

残念ながら、子供もいないらしい。

九龍城(改良住宅という名称のとても家賃が安い市営住宅)が運よく当たり、そこで2人で生活。

収入は奥さんのパートと、加藤の収入。

首になった会社は、比較的長続きしていたらしいが、いろいろあって、首になり、次の仕事を探していた最中に、奥さんの癌が発覚。

奥さんの収入が途絶え、医療費がかさみ、貯金が底をつき、あっさりゲームオーバーになったらしい。

加藤はゴツクて怖くて、不愛想っぽいが、話してみると奥さん思いのいいやつで、話の雰囲気から、奥さんもいい人そうだ。


それにしても、生活保護の新規開始は事務量が半端なく多い。

隣りの市では、冗談か本当かしらないが、生活保護の申請書はケースワーカー1人につき、1カ月で1枚しか配付されず、ケースワーカーが必至で、新規開始をおさえるという話を聞いた。

ガチで「今月は、すでに新規があったので、来月にしてくれ」とかいう、意味不明な理由で、新規を受け付けないとか・・・。

すげぇなぁ。

予約販売のゲームかよ。


申請を受けると2週間以内に結論を出さないといけない。

その間に、戸籍の記録を洗い出して扶養義務者を確認して調査。金融機関に預金がないか調査。病気がある人なら、病院にも調査。などなど、歯に衣を着せない言い方をすると、ケースワーカーが、なぜ税金でその人の生活を支えてあげないといけないかということを立証しないと、新規の生活保護を開始できないわけだ。

「なんでこんなやつを生活保護にしないといけないんだ」とか「この人は生活保護だろう!」という心象だけでは物事は進まない。

客観的な事実を積み重ねていかないといけないのだ。

といいつつも、戸籍が市内になく、遠くから取り寄せると、それだけで時間がかかる。

全ての金融機関に調査をすることはできないので、市内に支店のある銀行を中心に、住所の履歴から調査する銀行を絞る。

銀行によっては支店毎の履歴しか教えてくれない銀行もあれば、本店に調査を行って、銀行として回答をもらえるところもある。

最近はネット銀行もあるので、数が増える一方。

生活保護を開始するにあたって重要な要素として、60歳未満の、いわゆる「稼働年齢層」においては、なぜ仕事をしていないのかの理由も必要となる。

「働いていない」のか「働けない」のかの違いは大きい。

「働けない」理由の多くは病的なものだ。

だから病院へ病気に関する調査を行わないといけないが、医師にとっては、面倒くさいだけの調査であり、とても嫌がられる。

もっとも、生活保護を開始すれば、市から医療費が10割支払われる。

取りっぱぐれがないので、特に大きな病院の事務方は、率先して協力してくれる。

ただし、あくまで事務方。お医者さんは嫌がる。


話しは少し違うが、病院によって、事務方が強い病院、医師が強い病院、看護師が強い病院といろいろある。

事務方が強い病院は、話がしやすいが、医師が強い病院は、なかなかお医者さんとアポイントすらとれず、とても苦労する。場合によっては、2週間以内にお医者さんに会えず、生活保護の開始ができないことすらある。


そんなこんなで、私の机の上は書類の山だ。

おまけに、前担当のオークが放置している書類も多数。

さらにおまけに、「あ、忘れてた」みたいな感じで、平気で書類を追加してきやがる。

印鑑が押された書類。

正式な文書であるはずなのに、扱いが悪い。

しかし、オークの机をひっくり返して、整理する勇気はない。

きっと、洞窟の奥の汚い部屋のように、いろんなものが詰め込まれているに違いない。

オークの巣にあった宝箱って、リアルに開けたいですか?

ゲームとかでは平気で漁るが、現実ならば、絶対に手を付けたくない空間であるに違いない。

その空間を内包した机が私の右側に存在している。

きっとアイテムボックスのように、空間拡張されており、数多くのやばい書類、遅延した書類、闇に葬りたい書類が詰め込まれているに違いない。

なんというファンタジーだ。

とりあえず、本格的に気温が熱くなる前に、ファブリーズを購入することを決定する。

もちろん部屋用ではなく、トイレ用だ。

こっそり購入したトイレ用ファブリーズを片手に、ショートカットして相談窓口の横を通過する。

窓口では、絶賛、相談中だ。

このあたりでは見ない、黒人ぽい女性と、ちゃらい男が相談している。


「なんでだめなんだよう! 生活保護って、最低限の生活を保障するんじゃねぇのかよ!」

「・・・えっと、その方、外国人ですよね?」

「おうよ、美人だろ! 踊り子なんだよ」

「あの、最低限の生活を保障するのは、日本国憲法です。外国人の方はちょっと・・・」

「そこをなんとかしてくれよ、あれだろ? グローバル社会だろ? こんなことで差別しちゃいけねぇ!」

「・・・大使館に行ってください」


(ん?)


窓口を素通りしたあと、背中同士がくっつきそうな執務室の中を、自席を目指す。

ほとんどが男のみで形成されたうちの課。

少し、おとこ臭い気もする。

とはいえ、ほとんどがまだ二十代の男性だ。

加齢臭はない。

むしろ、ポテチとかチョコとか・・・おまえら執務室で、おやつ食い過ぎだろ。

いやいや、そんなことより、今は、違う話だ。

生活保護者には外国人もいるぞ。

でも、日本国憲法だよな?

なんで、外国人でも受けられるんだろ?

それなら、さっきの踊り子ちゃん、受けてやってもいいのでは・・・?

自席に座ると、さっそく、生活保護のバイブルである、生活保護手帳を紐解く。

ただし、厚さは5センチ以上ある。

どこにも書いてなさそうだ・・・。

オークはいない。

こういうときは・・・。


「サドツさん、なんで、外国人も生活保護受けられるんですか?」

「ん?」


といいながら、素早く、自分の生活保護手帳を手に取り、後半部分の、細かい通達部分をめくりだす。


「えっとね、確か通達があってね、特別永住外国人は保護してもいいってことになってるんだ」

「特別永住外国人!?」

「・・・要はね、戦争の関係で、日本に残らざるを得なかった人たちってことだね」

「あぁ・・・」


戦争の話まで遡るんですね。


「その子孫もってことですか?」

「そうそう・・・でも、帰化する人も多いから、これでも、昔より少なくなったほうらしいよ。特に、うちの市なんて、戦後の大陸への引き上げの船が出てたから、当時、全国から集まってきたらしい。そういうわけで、市の規模に対する、特別永住外国人の人数は半端ないからね。他の市のケースワーカーと話をすると、市全体で数人って市も結構あったよ」

「・・・そ、そうなんですね・・・引き上げなかったんですね・・・」

「うん、直後に朝鮮戦争もはじまってるからね・・・当時は、韓国そのものもが、かなり混乱してたし、難民救済的な意味合いもあったんじゃないかなって説もあるし・・・」

「へぇ~、ありがとうございます」


これ以上は、私の考えることでない。

要は特別永住外国人であれば、保護してもよい。

そうなっている。

それが業務上、重要。

是非を語るのは、業務外。

結論、とりあえず、加藤は対象として考えてよいということ。

私は、ビニール袋から、ファブリーズを出し、ビニールを剥がして、セッティングを行うと、床に置き、足で、私とオークの机の境目あたりに移動させた。


「ねぇ」

「ひゃい」


びっくりして、変な声が出た。

呼びかけてきたのは、サドツさんだ。


「それなに?」

「・・・すみません、足でって、はしたないですよね?」

「あ、いや、そうじゃなくて・・・」

「え? あ、ファブリーズです」


そうすると、冷静にこめかみを揉む。


「・・・気が付いたみたいだけど・・・これくらいじゃすまないよ・・・夏がくると・・・」


それ以上はやめてください。


「こう、なんて言うか・・・こめかみが痛くなるんだ」


だから、やめてくださいって。

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