生活保護・キッズ11(終)

「こ、こんなところがあるんですね」

「そうなんですよ。お母さんが、万が一、入院したときに、子供を預かってくれるんですよ」

「そ、そうなんですね・・・」


大洋学園の一室。

明るいカラーリングで統一されている内部は、とてもよい感じだ。

外見は古い、つくりは古式ゆかしい?・・・昔ながらの、まあよくある学校の校舎であるが、中に入ってびっくりした。

とてもきれいだ。

というか、とてもきれいにペンキで塗装されている。

暗い雰囲気など、一切ない。

玄関から通路をめぐり、食堂へ。


「ここで、朝御飯と晩御飯を食べるのよ。あ、もちろん、週末は昼御飯も出るわよ」

「え!? じゃあ、給食を含めると3食食べられるんですね」


カルメンが思わずと声を出した後、イングリットが気まずそうな顔をする。


「すごいね、た、食べ放題みたいなもんだね!」


ジェニの追い打ちする言葉。

ここはスルーするしかない。


「自分でとって、食べ終わったら自分でかたづけるのよ」

「へぇ~、好きなものを取るの?」

「いや、そういうわけじゃなくてね」


アニが丁寧に説明をする。

カルメンは目ざとく、献立表を見る。


「給食とは、重ならないように配慮しているのよ」


七緒主査が説明する。

カルメンはうなずくしかない。

献立表には、写真が貼ってあるものもある。


「うわぁ~、おいしそう!」


ジェニが声をあげ、アニが肯定しながら、誘う。


「そうよ、私も食べたことがあるけど、おいしいわよ! それでは、宿泊棟に行きましょう」


続いて、子供が実際に生活する部屋を見せていただく。

実際に生活しているので、子供がうろうろしている。

ここも明るいカラーリングで統一されており、パステルカラーが優しい感じを醸し出している。


「小学生までは4人部屋、中学生は2人、高校生は個室です」

「すごいね、お友達と住めるよ。修学旅行みたい」

「修学旅行ってなに?」

「えっとね」


アニの説明にカルメンとジェニは盛り上がる。

普通に子供がうろうろしている。

興味深そうに見ている子もいるが、威嚇してくるような子供はいない。

むしろ平和な感じ。

言い方を変えると、誰かが見学にくるという環境に慣れているのだろうか。

チャイムが鳴ると、子供たちが一斉に、どこかに走っていく。

私たちの集団も、それを追いかけるかたちで、食堂の前に至ると、食堂の中からお菓子を手にもった子供が走り出てくる。


「あ・・・」


ジェニが反応したので、アニが説明する。


「あのね、ここに来ると、お菓子がもらえるの」

「え? もらえるの?」


ジェニのお菓子に対する欲求がおかしい。

買ってもらってないのか、それとも、栄養が足りておらず、体が欲しているのか。

今日からでも、この施設に入所したそうな素振りを見せる。


「男の子と女の子は別なんですよね」

「基本そうだけど、兄弟の場合は、考慮するわよ」

「・・・そうなんですね」


カルメンも自分がここに入ることを想定し始めている。


「お母さん、だから、しっかり入院して治療しても大丈夫なんですよ」

「・・・そうですね・・・私も今から、ここに住みたいくらいです」


イングリットは苦笑している。

悪い印象は持っていないようだ。

あの日から、何度も通院をサポートしている。

イングリットを入院させて、子供たちといったん引き離すというのが、目標。

このままでは、母親も子供も限界というのが、私たちの判断。

アニと七緒主査の聞き取りによると、ハサミで自殺しそうな母親を二人がかりで一晩中とめたりしており、現在は、家の中の一切の刃物を夕方になると隠すという日々らしい。

そして、夜、人格が変わる母親の面倒をみる。

学校に行けるわけがない。

母親の長期入院のネックとなっている子供の行き先の確保について、自分の入院と、子供の入所に、イングリットが同意すれば、準備は万端だ。

しかし。

本当に良いのだろうか。

子供たちを入所するように誘導した会話をしている自覚がある。

母親にもその未来が確実によいというふうに誘導している自覚もある。

そして、そのようになりつつある。

イングリットは今回の入院と子供の入所に関して、感謝しているようにも見て取れる。

でも、これはゲームではない。

現実の話だ。

現実の話として、私は、母親を長期入院にし、子供を施設に入所させ、家族を引き離す行動をとっている。

私の判断は正しいのだろうか。

でも私は不安を隠してほほ笑む。

ここで私が不安になると、この親子も不安になる。

だから笑顔を張り付けるしかないのだ。


「では、私が3人を送って行きます」

「藤伊さん、ありがとね」

「いえいえ」


七緒主査とアニさんと別れる。

映画では両親を救い出した子供たちが、再び両親と生活することになる。

そうか、私がフループなんだ。

私が母親を引き離したのだ。

母親を失った、カルメンとジェニは今から、戦いに挑むのだ。

そして、いつか、母親を取り戻せばいい。

私がフループになろう。

がんばれ、カルメン、ジェニ。

戦え、カルメン、ジェニ。

私を倒しに来い。


母親の入院は長期に及んだ。

生活保護については、私たちが病院につれいったことから、生活保護中に精神病院の初診日があることになったため、障害年金の受給対象となり、障害手帳も支給され、結果として母親は障害者の制度にうまくのっかることになり、生活保護は廃止になった。

ジェニが高校を卒業し、寮のある会社に入社したころ、母親は入院していた病院の近くで、がんばって独り暮らしを始めた。

独り暮らしを始めると、障害年金だけでは不足するため、生活保護を再開したそうだ。

担当のケースワーカーによると、ジェニは、ときどき、その家に泊まりにきているらしい。

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