生活保護キッズ・10

「こんにちは~・・・ん? 誰もいないかな? こんにちは~」


歌のお姉さんではない。

今のご時世、玄関に鍵がかかっていないのもどうかと思うが、それをいいことに、ズカズカ入り込む私は、すでにお姉さんでないから、いいとしてもらおう。


「ふぇぇ、おはようございます」

「ございます」


カルメンとジェニが出てくる。

ジェニは言いながら、片手をちゃんと出してくる。

もう脊髄反射なのだろう。

わたしは、その手にきちんとお菓子を乗せてあげ、カルメンにも、もちろん渡す。

今日はミニドーナツだぞ!


「今日はね、ちょっと・・・なんていうか・・・職場の人もつれてきたの」


こども課のアニと七緒主査をどう説明しようか考えていなかった。

こども課の職員と言ってもなんのことだろうと思うにきまってる。

相談員と言っても、ピンとこないに違いない。

全然ごまかし切れていないが、まぁいいとしとう。


「アニです」

「七緒です」


アニは決して美人ではないが、生来のものなのだろう、子供好きそうな笑顔で2人に話しかける。

七緒主査は興味深く、部屋の中を観察し始める。

アニが一通り、子供らの個人情報――学校名とか学年とか、当たり障りのない範囲で――を聞き出す。

すげぇ、プロみたいだ。

あ、プロなのか。

あっという間に2人の子供の個人情報が丸裸だ。

凄い。

子供も、お菓子なしでアニと話をしている。

もう一回言う。

凄い。

そうはいっても、進行しなければ。


「お母さんは?」

「寝てる」

「起こしてくれる?」

「・・・もう! お母さん!」


お菓子の魔力は絶大だ。

カルメンは母親の睡眠よりも、私の要請を優先してくれるらしい。


「上がっていいよ」


お菓子をほおばりながら、ジェニが招き入れてくれる。

この世界では、お菓子がすべてなのか。


「「「おじゃましまーす」」」


上がりこんで、ちゃぶ台に座ると、しばらくして、髪の毛ボッサで母親が出できた。


「あ、どうも、こんにちは」


と、私が皮切りに、再度、挨拶合戦。

何事もなかったかのように、ちゃぶ台に座り込む母親。

朝起きたら、知らない人が何人も家の中にいたら、私はびっくりするが、順応能力が高いのだろうか。

不可思議な生き物だ。


「お母さん、ちゃんとごはん食べてますか?」


さすがアニ。能力が高い。さりげない会話から食生活を聞き出そうとしている。


「ごはんとか作ってもらえてる?」


七緒主査が切り込む。

さすが斬魄刀を持っているだけある。


「ううん、買ってくる~・・・?」


会話が進むが、わかっていたことが、再度、確認できただけだ。

要するに、母親はご飯を作らず、お惣菜やパンなど、買ってきたものしか食べさせていない。

ただし、子供たちがご飯は炊く。

学校の行事に顔を出したことはない。

プリントを見たこともない。

しかし、だからといって、母親に「お前、頭、おかしいじゃん、精神病院行けよ」とかは、絶対に口にできない。


「あの~、できる範囲でいいので、少しずつ昼夜逆転の生活を直さないと、子供たちが学校に行けてないですよ」

「そうなんですよね・・・」


アニと七緒主査は、慣れた話術で、生活改善の提案をしている。

さすがだ。

でも、そうではないのだ。

ジェニとカルメンに、平和な日常を復活させるには、フループを倒さないといけないのだ。

何か手はないだろうか。

イングリットとフループを直接対決させねば。

会話を聞きながら熟考する。

何をイングリットにインプットできればいいのか。

何をインプットすれば、ジェニとカルメンに、よりよい未来がアウトプットされるのか。

何を。

何を。

何を。


「あの、イングリットさん?」

「はい」


私は天啓を得た。


「イングリットさん、夜、寝れてます?」

「・・・あ、いえ、あんまり」


私は全力で顔の筋肉を操作し、心配している顔というものを、私が理解している範囲で作ってみた。


「そうですか・・・眠れるような薬を出してもらえるような病院に行ってみませんか?」

「・・・あぁ・・・そうですね」


そう、この流れであれば、そういう回答になるだろう。


「ええ・・・今度、行ってみます」

「あ、よろしければ、車がありますので、お連れしますよ」


今度は再び全力で顔の筋肉を操作し、ほほ笑む。


「あ、え・・・今からですか?」


ようやく、私が何をしようとしているのか気が付いた、七緒主査とアニが援護射撃をしてくれる。


「二人も、お母さんが夜、ぐっすり眠らたら嬉しい?」


二人が顔を見合わせる。


「「嬉しい!」」


「そっか、じゃ、二人も頑張って、お母さんが、夜、眠れる薬をもらえるように、先生にお話しをしに行く?」

「「行く!」」


子供たちがさっそく立って、準備を始める。

イングリットは、子供の様子をみると、自分だけ行きたくないとか、今日今から?とか、私準備に時間がかかるよとか一切言えない雰囲気であることを、理解し、困った顔をしながら、それでも最後の抵抗なのか、のろのろと立ち上がる。


「で、では、しばらくお待ちください」


イングリットも引っ込む。

ニコニコほほ笑んでいた3人の顔はすぐに真顔に戻る。


「既往症の病院が、過去のカルテがあるから早いかもしれないです」


アニが七緒主査に、小さい声で告げる。


「あの病院は、何度も先生と話をしたし、理解もある。私、先に行って話をつけておく」

「了解です。車は使ってください。応援を呼びます・・・あぁ・・・軽か」


アニが少し思案する。


「では、先に子供を預かって、行っておきます。もう少し、引き出したい情報もありますし」


そう言うアニに私は、アイテムを授ける。


「車の鍵とお菓子よ。お菓子さえあれば、きっと何でも話してくれる」

「わかりました。お預かりします」


車の鍵とお菓子を前に真剣なまなざしの私とアニ。


「「準備できました」」


カルメンとジェニが出てくる。

まだ子供。

化粧するわけではない。

パジャマから外着に着替えるだけだ。


「じゃ、車に乗る人数の関係で、このお姉さんについていってもらっていいかな?」

「「はーい」」


アニの先ほどのアイスブレイキングが聞いているのであろう、何のためらいもなく、アニについていく子供たち。


「あ、お母さん、医療券の手配をしますので、ちょっと電話しますね。ですから、もう少し時間かかっていいですよ」


七緒主査がお医者さんと話す時間を作るために、遅延工作を行う。

ちなみに生活保護者は国保に入れない。

したがって、生活保護者は自由に医者に行けるわけではない。

医者に行きたいときは、市役所に申請して、医療券を発行してもらい、それを持って医者にいかなければならないのがルール。


「あ、ありがとうございます」


さて、とりあえず、これで受診はできる。

つまり、医師の診断が受けられるということだ。

いくら、市役所と言えども、勝手に人を病院に入れたりできない。

きちんと、医者にかかってもらい、医師の診断書がなければ、結局なにもできない。

その第一歩。

携帯が鳴る。


「あ、藤伊さんっすか。ナッパっす。車、手配できました。10分くらいで行きます」

「ありがとう。では、成近整形外科のところで」

「了解っす!」


状況開始だ。

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