生活保護・キッズ8
通路を挟んで、うちの課の反対側に子供課という課がある。
保育園、各種手当、相談に至るまで、子供に関する業務をすべて集めた課だ。
ちなみに、子供に関する業務は大変な量があるため、非常に巨大な課になっており、子供課の課長は、そのすべての責任があるので、すごく大変らしい。もちろん人数も多い。職員の中では「子供課」ではなく、「子供部」だと言っている者もいる。
生活保護の相談などで、うちの課も来客が多い。
その反対の子供課も、子供連れの来客が多い。
いつもその両課がある、市役所の2階の廊下は満員御礼だ。
子供課に相談すると決めたが、あまりにも来客が多いので、気が引ける。
ときどき、窓口から子供課の相談窓口を観察し、人が多いので、断念して自席に戻るということを繰り返す。
もう、こうなったら不審者だ。
窓口担当で座っている、うちの課の職員も怪訝な顔をしている。
だってさ、来客がいっぱいのときに、割り込まれたら、嫌でしょ?
私は配慮ができる女なんです。
たとえ不審者のレッテルを張られようとも・・・
「えっと、すみません。担当の生活保護者のことで相談が・・・」
私が声かけができたのは、もう午後も遅い時間。
相談者はいないのだが、相談担当と思われる御婦人たちは、「生活保護」という単語を聞いて、明らかに嫌な顔をする。
おいおい、顔に出てますよ。
相談担当者がそんなんでいいんですかね。
まぁ、私は市民ではないのでいいのか。
そんな完全なアウェイな空気の中で、若い女性がまっすぐにこちらを見て、すくっと立ち上がる。
「いいですよ、どうぞ」
うわ、イケメンだ。
私が女で、こいつが男なら、絶対、惚れてた。
あ、私は女か。
「どんな相談ですか」
「そ、それがですね」
この女性、間違いなく、私よりも若い。多分、指輪がないので、結婚もしておらず、従って一般的には出産もしていないだろうと思われる。「最近の若い子にしては・・・」と言いたくなるしっかりさだ。
顔立ち、雰囲気・・・どこかで・・・ああ、アニだ。
この子は今後、私の脳内でアニと呼ぼう。
「・・・既往症はありますか?」
「きおうしょう?」
「えっと、通院歴はありますか?」
「あっと、すみません」
ちきしょう、知識が足りん。少し、専門用語が入ると太刀打ちできないのが悔しい。持ち出し禁止のケースファイルを、市役所の廊下に面した受付スペースで、どうどうとめくりながら、「きおうしょう」が「既往症」であることを認識した。勉強不足だ。悔しい。アニ、私、負けないから。
巨人だって倒しちゃうよ。
持ち出し禁止のケースファイルを持ち出すなって?
市役所の中だからいいじゃん。
「生活保護開始時に、精神科での受診歴が少しあるだけで、・・・えっと・・・その後、継続しては、通院してないようです・・・」
「そうですか・・・子供たちの話が本当なら、統合失調、それも自傷があるなら、本来なら入院ですね・・・もうちょっと、いいですかね? 主査!」
アニが、上司を呼ぶ。
「!?」
私はリアル鎖眼鏡を初めてみた。
鎖眼鏡が似合う美人だ。
私よりも年上であることは間違いなく、所作の端々に、培ってきた経験がにじみ出てくるような、いわゆる仕事のできる女性オーラが滲み出ている。
おばさん体系ではなく、なにかスポーツでもやってそうな体つき。
きっと、あの、キーワードを叫んで刀が進化するマンガの、七緒さんが将来なりそうな、眼鏡美人。
いいや、私、脳内変換で七緒主査と呼ばせてもらおう。
「主査、えっとですね」
アニもいい子だ。
今日、それも今、初めて相談しているのに、親身になってくれる。
知識も経験も足りない私は嬉しい。
窓口をたらいまわしされないだけ嬉しい。
「あー・・・、ね? 保護課の面接室、借りれない?」
七緒主査が、話をざっくり聞いただけで、個室の協議を求めてきた。
確かに、通路に面した場所で、話すには個人情報が満載だ。
そこで、どうどうとケースファイルを握りしめている私は、いけない人だ。
ここは、護廷十三隊の副隊長に従うべきだ。
「はい! 仰せのままに!」
どうしていいのかさえ、わからなかった母子案件。
この2人の協力を得られれば、なんとかなりそうな期待を持ちながら、保護課の面接室へと案内する。
私はこのとき、この3人で、小学校を一つ廃校にしてしまうとは、夢にも思っていなかった。
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