生活保護・キッズ7

「こういうときって、やっぱり、児相に相談するんですか?」

「ぐふっ・・・児相? 相談したことないけど、相談してみたら?」


オークのくせに笑いやがったな。

こっちは真面目に相談しているのに、嫌な笑いだったぞ。

オークの分際で、人間様を小ばかにしたような笑い方はやめてほしい。


『オークケースワーカー、来所です』


放送がかかる。

生活保護者の個人情報が、いたるところに散乱している我が課は、どこを見ても個人情報だらけ。

このため、うちの課の執務室は、一般市民から見えない隔絶した執務室となっている。

もちろん、窓口はあるが、窓口から、中がのぞけない。

外からのぞけなければ、中からも見えない。

では、来客・・・というか、生活保護者が来たら、どうするかというと、窓口担当が、放送で呼び出すのだ。

放送と言っても、我が課の中にしか聞こえない。

ちなみに、窓口当番は半日交代で、月に1・2回まわってくる。


「ぷしゅー、ぷしゅー、誰だよ! 面倒くさい!」


オークが、重そうに立ち上がり、腹の肉をプルンプルンさせながら窓口に向かう。


「・・・あれは・・・多分、考えたこともないな」


オークに聞いただけ無駄だった。

こいつ、オークというだけではなく、怠惰だ。

オーク、怠惰ですね。

脳が震えてろ。

気を取り直して、オークと、私の席を挟んで反対側のサドツさんに話しかける。


「サドツさん、児相って、相談したことあります?」


サドツさんは、器用に片方だけ眉をあげ、オークが窓口に去ったことを確認すると、かすかにほほ笑む。


「・・・ようやく、誰に聞けばいいかわかりましたか?」

「!?」


ど、ど、ど、ど、どういうことだ!?


「・・・あのオーク、自分の好きなAVのプレイシーンを、ハードディスクに貯めることしか興味がない魔物です。聞いても・・・無意味です。・・・強いて聞くべきことあげるとすれば、彼から移管を受けた、ケースの個人情報的なもののみで、仕事のことを聞いてはいけませんよ」

「・・・はい」


そ、そ、そ、そういうことなんだ。

右手にオークの席。

これは、オークの地区をもらっているから、ケースの情報は聞きやすいということ。

左手にサドツさん。

これは、私が新人だから、仕事の内容を聞きやすいということ。

そういう席順なんだ。

そうか・・・いや、やはりというべきか、オークに仕事について、聞いてはいけなかったのだ。

うん、今度から、サドツさんに聞こう。


「了解しました。今度から、そうします。・・・それで、さっそく児相なんですけど・・・」


私は、かくかくしかじかと、サドツさんに話をする。

目を細めると、おもむろにサドツさんは、かわうそ君を呼んだ。

かわうそ君は、私の同期だが、市役所に入庁してすぐに、生活保護の担当課に配属されて、そのまま、現在にいたる。

つまり、生活保護課の職員としては、大ベテランで先輩だ。


「かわうそ君、先日、児相と話、したよね?」


サドツさんは、かわうそ君を私とサドツさんの席の近くに呼んで、聞いてくれる。


「児相っすか・・・決めてかからないとダメっすよ」

「決めてかかる?」


かわうそ君が無表情に続ける。


「ああ・・・ん・・・子供を取り上げるとか、シェルターに逃がすとか、こっちが希望を伝えないと動かないっす」

「え?・・・相談するところでしょ?」

「相談だけなら、いいですけど、なんていうか・・・」


かわうそ君が無表情なまま、一生懸命考えている。器用だ。

無表情なのに、一生懸命考えている雰囲気が出せるなんてすごい。


「何か、アドバイスをもらおうと思ってもダメってことかね?」

「そう、それ!」


かわうそ君が手をパチンと合わせて指さす。

突然の動きにびくっとするが、必死に隠す。


「そういうの、全然むりっす。こうしたいんですけどって言いうと、ああしてくださいとか、こういう条件ならって、教えてくれますけど、基本、向こうから、なんていうか・・・能動的って言うんですかね、そういうのは無理っすね」

「・・・まぁ、県の出先でこういう窓口って、生活保護と児相だからね・・・」

「・・・それって、どういう・・・」


サドツさんの発言に突っ込む私。


「児相って、県なのです。県って、住民と直接接する部局ってあまりないのです。その中で、福祉系でがっつりっていうのは、町の生活保護と児相になるわけだね」

「・・・あぁ・・・あぁ?」


まだ、わからない。


「市役所でも、生活保護の配属って、嫌がられるでしょ? 県ならもっと嫌がられてるって話。その中で、児相は、配属されたくない職場ナンバーワンと聞いたことがあるよ」

「・・・へぇ・・・」


もう、「へぇ」くらいにしか返す言葉がない。


「あ、でも、みんな休むらしいっすよ!」


かわうそ君が、さらにダークなゾーンに突っ込む。


「休む?」

「はい、確か、今のうちにある児相も、所長以外はみんな療休に入ってるみたいです」

「療休!?」


要するに医者からの診断書をもらって、合法的に休んでるということだ。


「そうっす、それで、療休の人間は人事異動できないから、12月くらいにがんばって出てきて、年度末の人事異動を待って、異動できたら新しい職場でがんばる」

「・・・異動できなかったら?」

「そりゃ、また12月まで療休でしょ!」


うわぁ、聞くんじゃなかった。


「現実的な話として、療養休暇ばかりの職場で、仕事をこなすには、本当に子供の命が危ないとか、母親を逃がさないといけないとか、そういう緊急で重要な案件のみをさばいているのかもしれませんよ。ちょっとした相談くらいは、市町村で片付けろということなのかもしれませんね」

「え・・・じゃ、私はどうすればいいのさっ!」


サドツさんは最初から知っているのだろう、かわうそ君を見てうなづきながら、教えてくれる。


「・・・うちの課の正面にある、こども課で相談するといいよ」

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