生活保護・キッズ6
ポリニャック民生委員の地区は、駅の近く。
市営駐車場があるので、いろいろ手続すれば、無料で駐車できるのであるが、そのいろいろな手続が面倒くさい。
だから、急ぐときは、送ってもらうのが、この課のセオリーらしい。
うちの若い衆たちは、心得たもので、誰かが言えばすぐに車を出してくれる。
すばらしい。
今日は、カビゴンが運転してくれた。
カビゴンのくせに車を運転できるとは、最近のポケモンは全くすごいな。
器用に狭い路地の中にまで車を入れてくれたので、ジュニとカルメンの家までは、登ったら直ぐにつくというポジションから徒歩スタート。
カビゴンにお礼を言って、急ぎ足で坂道を登って、ジュニとカルメンの家へ。
ん・・・パトカーは?
あの家への最寄りの道路はここのはず。
まぁ、いいか。
「えっと・・・こ、こんにちは・・・」
警察が来ているのかなと思って、恐る恐る、中途半端に開いた玄関口から声をかける。
声をかけながらも、玄関口に、男性物の靴がないことを確認する。
ちょっと派手なきれいな靴は、ポリニャック民生委員とすると・・・
「あ、ごめんないね・・・警察、帰っちゃったのよぉ、まぁ、あがりなさい」
ポリニャック民生委員が出てきて、まるで自分の家のように、すすめてくる。
「え、あ・・・」
どうしようかなと思っていると、カルメンとジェニも顔をのぞかせる。
特にジェニは、それがあたりまえのように、ニコニコと笑いながら、出迎えてくれる。
「や、こんにちは」
あわてて、ポケットを探り、キューブ状のチョコレートをジェニに渡す。
えらいぞ、私。
ちゃんと、ポケットにチョコを入れていたぞ!
「ありがとう!」
目的を達したジェニは、にこにこしながら、奥に引っ込む。
一方、カルメンは、どうしようかなと逡巡している。
かわいい。
「お姉ちゃんのもあるよ」
声をかけると、嬉しそうに笑って、もらう前にお礼を言ってくれる。
「ありがとうございます」
うむ、よき。
いい子だ。
私は、チョコレートを握らせてから、玄関口で靴を脱ぎ、上がり込む。
玄関口は狭い。
子供の靴が散乱している。
おそらくは、もう履かないであろうと思われるような、小さなサイズの靴や、季節外れのビーチサンダル等が、ごちゃごちゃに、隅っこに積み重なっている。
玄関口をすぐあがってすぐの部屋には、すでにイングリットと、もうお菓子をもぐもぐさせている、カルメンとジェニが座っている。
ポリジャック夫人が、スペースを開けてちゃぶ台の前に座ってくれたが、やや狭いので、その斜め後で、私も、畳の上に正座する。
「こんにちは、担当ケースワーカーの藤伊です」
「・・・イ・・・イングリットです」
何日もシャンプーしてなさそうな・・・それでも色だけは黒々とした髪が目立つ女性がイングリットだった。
イ、イメージが違った!
しょうがない、でも、子供たちの名前優先だ。
ここは脳内で補完しよう。
脳内補完計画だ。
「あのう・・・それで・・・」
「それでねぇ!」
イングリットを遮って、なぜか説明を始めたのはポリニャック民生委員。
ポリニャック民生委員が話を始めようとすると、身を硬くするカルメンとジェニ。
その様子からは、二人に関係することであることは、間違いない。
「牛乳配達のビンを入れる箱があるじゃない?」
「・・・ええ、家の前においているやつですね?」
「そう、それ・・・そこらかね・・・」
ポリニャック民生委員は、カルメンとジェニを、チラリと見る。
「・・・どうやら、その中にね、お金を入れている家があるらしいの」
「・・・牛乳配達の箱の中にお金ですか?」
「そう、牛乳代を集めに来ても、家にいなかったご家庭とか、留守がちな家とかは、その中に牛乳代を入れておくことがあるらしいの・・・」
「・・・ん?・・・もしかして」
私もカルメンとジェニを見る。
二人は気まずそうな顔をしているが、どうやら二人も言いたいことがあるようだ。
しかし、会話はポリニャック民生委員が続ける。
「そうなのよね、この二人がそれを盗ったみたいなの」
「・・・本当なの?」
すぐに肯定をせず、二人の反応を見ることにした。
「ち、違うんです。私は、そんなことしたらだめだって、わかってるんです。でも、お母さんが!」
「わ、わ、私はそんなこと、言ってないわ・・・よ?」
「いいえ! お母さんが、盗ってこいって・・・盗ってこないとだめだって・・・」
「い、い、言わないわ、そんなこと言うわけないじゃない・・・?」
カルメンとイングリットの喧嘩が始まる。
「ま、不審なお金があって、母親がびっくりして、たまたま、警察がその件でやってきて・・・前もあったからね・・・」
「・・・前も・・・なるほど・・・」
それで、私はなんで呼ばれたのだろうか。
説教すればいいのだろうか。
それともやさしく諭したほうがよいのだろうか。
カルメンとイングリットの喧嘩は続くが、ジェニのつぶやきが聞こえた。
「覚えてないだけじゃん」
つぶやきといっても、母親を睨みつけるような、呪詛を吐くようなつぶやき。
いや、「ような」ではなく、正しく呪詛だ。
何か黒いものが込められている。
「ねぇ、ねぇ、ジェニ君、それってどういうこと?」
「・・・いつも、なんだよ、日が暮れると、人が変わるんだ。昨日は、久しぶりに怖い人でヤバかった」
この子は何を言っているのだろう。
「また、その話かい・・・」
ポリニャック民生委員が、うんざりした顔をする。
「知ってらっしゃるんですか?」
「夜になると、性格が変わるっていうんだ。試しに、一度、夕方来てみたけどね・・・」
カルメンが必死になって、私に訴える。
「本当なんです。毎日じゃないんですけど、性格がかわるんです。昨日は、怖い人だったけど、小さい子供だったり、泣き虫だったり・・・一番、まずいのは・・・自殺したがることがあるんです」
「ふぁ!?」
変な声を出してしまった。
「ハサミとか、包丁とか、夕方になったら隠すんだ。そうしないと、自分の手首を切ろうとするんだよ。いつ、夜、起きてきて、わけがわからないことをするか、わからないから、夜はずっと見張ってるんだ」
ジェニが追随する。
こ、この子たちは、何を言っているんだろう。
「また、そんな荒唐無稽な・・・ま、とりあえず、お金は戻ってきたからということで、今日は警察もかえってくれたし、言った本人は覚えてないし、全くどうしたらいいかねぇ」
「・・・イングリットさん、どこか、病院とか行ってます?」
イングリットは首をかしげる。
「え?・・・どこも悪くないのに、病院とか、行ってませんよ? あ、先日、風邪をひいて・・・」
そうじゃない。
精神科の受診があるかどうかだのだが・・・。
こういうときはどうしたらいいのだろうか。
「お前、精神科受診してるか?」って、はっきり聞いたらまずいよね?
どうしたらいいんだろう。
まったくわからない。
わからないが、格好はつけないといけない。
「わかりました。いったん、事務所に戻っていろいろ調整してみます」
「そう? 悪いわねぇ」
何も解決されていないが、ひとまず、下駄を預けることができたと踏んだのか、ポリニャック民生委員は嬉しそうだ。
調整とはいい言葉だな。
使える言葉として、覚えておこう。
ポリニャック民生委員はもう、帰る気まんまん。
さっさと立ち上がってしまう。
「じゃ、失礼するわね」
「あ・・・はい・・・」
まぁ、そう言うしかないんだろうね。
イングリットはあいまいに見送る。
沈黙を置いてけぼりにして、ポリニャック民生委員は立ち去る。
「では・・・」
と私も辞去しつつ、ポケットからお菓子を出し、子供たちだけ玄関口に誘引し、小さい声で囁く。
「ねぇ? もうちょっと、話を聞かせて?」
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