生活保護・キッズ5

うちの旦那は良くできた旦那だ。

放浪癖があり、突然、行方不明になることを除けば、掃除、洗濯、料理となんでもござれ。

え、突然、行方不明になるのはマイナスすぎるんじゃないかって?

まぁ、それはそうなのだが・・・胃袋をつかまれてしまった・・・

料理の腕はかなりだ。

放浪癖さえなければ、店を開けるんじゃないかってレベル。

イメージで言うとソーマの父親みたいな感じに、顔をもうちょっと怖め。

それに子育てにも積極的。


「俺におっぱいがあれば完璧なのに」


と嘯いていたのを聞いたときは恐怖した。

子供をあやすのも、寝かしつけるのも、お風呂に入れるのも超一流。

ただし、寝たら起きない。

どんなに子供が泣いていても起きない。

私が困ってても起きない。

火事でも起きない可能性も感じるくらい起きない。

いろんな意味で、なかなかのハートを持っている。


でも、だからこそ、私は仕事帰りに図書館に寄ることができる。

生活保護は最後の砦。

違う言い方をすれば、他法優先。

つまり、他の法律をすべて使ってもダメな部分を、生活保護で援助する。

従って、他の法律や制度を、きちんと知っておかなくてはならない。

年金、健康保険、介護保険、税金・・・多岐にわたる。

仕方なく、図書館で「よくわかる○○」とか、「図で理解するXX」などの本を適当に読み流す。

とにかく、制度の全体像がわからない。

生活保護のハンドブックや法令集などを山のように渡されたが、難しい用語をいくら読んでも頭に入って来ない。

だから、せめて、先に概念というか、イメージのようなものが欲しかった。

私は連日、図書館に通い、本を読み、本を借り、そして家でも読んで、本を返すことを繰り返した。

もちろん昼休みもだ。


「ほう、昨日と違う本・・・勉強家ですね・・・」


はう。

サドツが気づきやがった。

私は努力しているところを人に見られたくないタイプ。

白鳥のようにいきたい。

水面下では足をジタバタしているが、水面上はスィーっと泳ぎたい。

娘は旦那担当で、いつも一緒に夢の世界に旅立ってしまう一方、私も息子の寝かし付けで、いつも自分も連れていかれ気味で、読みきれなかった本を昼休みに読むでいたのがばれてしまった。


「・・・さっぱり、わからないもんで・・・」


そう答えると、サドツは少し笑ったように思うが、すぐに冷静な顔に戻る。

何か言いたげな表情を見せるが、すぐに書類仕事に戻っていく。

ケースワーカーは、現場の仕事で、外に出ていたり、面接していたりというイメージが強かったが、書類がものすごく多い。

訪問すれば、訪問の記事(記録?)を書く。

収入があれば、それを勘案して保護費もかわる。

つまり、毎月、収入が変更になる人は、毎月、計算をやりなおさねばならない。

「ケースワーカー」ではなく、「計算ワーカー」だと揶揄する声もある。

その上、やれ統計資料の提出だとか、調査資料の作成だとか、とにかく書類が多い。


「・・・?」


右手のオークの机は乱雑で書類が積み重なり、混沌としている。

左手のサドツの机はきれいに整頓されており、書類も少ない。

この違いはなんだろう。

人間と魔物の違いだけではなさそうだ。

ハンターとオークの違いなのだろうか。


「ふぅ」


しかし、私の地区はオークの地区を移管されている。

オークの乱雑な書類も一緒にもらっている。

この書類たちは、本当は、オークが整理しなくてはならないのではないだろうか。

でも、新しく課に配属された身分としては、あまり強く出られない。

こちらは教わる立場。

ケースのこともわからなければ、書類をどこにどう保管していけばよいかさえもわからない。


「・・・とりあえず、ケースファイルを読むといい」


サドツさんがなぜか小声で教えてくれる。


「え、あ、はい」


手元にあるのは、例の母子ケースのケースファイルだ。

ケースファイルはざっくりと3部構成。

最初に名前や家族構成などが詳しく書かれている部分。

そして、訪問した記録。

最後に、お金の計算関連。

取り合えず最初から読み進める。

母親・・・子供がカルメンとジェニなのだから、イングリットでいいか・・・会ったことないけど・・・イングリットの幼少期からの記録も書かれている。

そして、生活保護を受給しはじめてからの記録・・・記録?


「えっと、オークさん、1年ぐらい、記録、ないんですけど?」

「ぐふっ、ごめんごめん、書いとく、貸して」


やはり、どこから出たのか高い声を出しながら、ケースファイルを強奪していく。

今の話からすると、記録だけ書いてないのであろうか、それとも、訪問していないのだろうか。

書類の整理をしながら待っていると、ケースファイルがかえってくる。


「あれ? オークさん、母親に会ったことないって言ってませんでした?」


記録には母親に会って話をしたと書いてある。


「ぐふっ、あ、え、うん」


だめだ、このオーク。

というか、ほかの記録は大丈夫なのだろうか。

問い詰めたほうがいいのだろうか。

逡巡していると、目の前の電話が鳴る。

運のいいオークめ!


「はい。生活保護課です」

「あ、もしもし、民生委員のポリニャックです」

「あぁ、先日はどうもありがとうございました。藤伊です」

「あ、藤伊さん、ちょうどよかった。イングリットさんのところに、警察が来ているのよ。今から私も行くんだけど、あなたもお願いできない?」

「け、警察ですか!?」


交通違反で切符を切られる以外に、警察とは縁のない生活をしていた私には、とてつもなく、ハードルが高そうな案件であるが、ここでポリニャック民生委員の言うことをきかなければ、後でどんな嫌がらせを受けるかわからない。

あ、違う。

このポリニャック民生委員はいい人だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る