生活保護・キッズ3

民生委員制度というものが日本にはある。

大都会は知らないが、少なくとも地方では、この民生委員さんの活躍により、地域社会がなんとか保たれていると言って過言ではないと思う。

自治会とも違う、民生委員制度。

おそらくは日本全国、民生委員さんのいない地区など、ないのではないかと思ってしまう。

二回目になるが大都会を除いて。

逆に、大都会ではどのようにしているのだろうか・・・。

よい言い方だと、地域の名士が地域のためにがんばってくれている。

悪い言い方だと、地域にいる、気のいい、そして少しおせっかいな方々に、行政の無理難題を押し付ける制度。

全国的に高齢化が進む日本において、この民生委員制度がなければ、高齢者しかいない地方都市など、当の昔に破たんしているに違いない。

自治会等の推薦により、民生委員が決められ、各民生委員には地区が割り振られ、基本的に無給で、スズメの涙の実費だけを支給して、国や地方自治体は、民生委員さんに、いろいろなことを押し付けている。

その押し付けていることの中に、生活保護も入っている。

生活保護の申請は、民生委員の意見書が必要なのだ。

ひと昔は、地域の人間なら、地域の民生委員が、良く知っており、意見書を書くことなど容易だったに違いない。

しかし、人の移動が活発になり、アパートやマンションが建ち、自治会の加入者が減り、地域でのイベント事などもなくなっている今日、知らない人が地域にあふれ、民生委員は意見書を求められても、きっと、困っている。

それでも、真面目な日本人、知らないなら、調べて書いてくれるのだ。

民生委員さんには、頭が上がらない。

だから、ケースワーカーは、担当が変わると、自分の地域の民生委員さんに挨拶に行く。

そういえば、あの所長も民生委員だ。

所長のところの九龍城には、私の担当する生活保護者の9割が生息・・・生活している。

だから、私の担当――私が挨拶しないといけない、民生委員さんは少ない。


「女の子もケースワーカーするのね・・・世の中かわったわよねぇ」


そう言いながら、上品な仕草で、高そうなティーセットで、自ら紅茶を入れてくれる。

念のために言うが、ティーパックではない。

きちんと、ティーポットで紅茶を入れてくれる。

私の人生で、お店以外で、このような入れ方をしていただいたことはないぞ。

思わず、心の中なのに敬語になってしまった。

しかし、民生委員というのは、近所のお世話好きなおばちゃんのイメージがあるが、全然違う。


「そうなんですよ、他の市では結構例があるみたいなんですけど、うちの市では今年から、そういう配属がされることになりまして・・・」


こういうときは、相手が紅茶を手に取ってから、こちらも手を取るというのがマナーだったかなぁ。

自信がないので、おしゃべりでごまかす。


「そうなの・・・いろんな人がいるから、何かあったら言うののよ?」


再び商品な仕草で、紅茶に砂糖――なにか可愛らしい形をした砂糖で、おそらくは高級品――を溶かし、口に運ぶマダム。


「冷めないうちにどうぞ」

「ありがとうございます♪」


パックではない紅茶なぞ、しばらく飲んでいない。

香りを楽しみながら、口に含む。


「・・・ふぅ、おいしゅうございます」


しまった、ついつい良い感想が思い浮かばず、どこぞの料理バトルのコメントをしてしまった。


「あら、それは、よかったわ」


マダムの後ろの空間を横切って、駅前の百貨店の外商の人が帰っていく。

どうやら片付けが終わったようだ。


「どうも、ありがとうございました!」


彼らは、大きな衣装入れというか、何と言うか、持ち運び式の簡易クローゼットのようなものを、数人で抱えて出ていく。


「それでは、また伺います」


駅前の百貨店の制服をきた、美人的なお姉さんも、丁寧にあいさつをして、帰っていく。

私、知っているよ。

あなたの脇にかかえた、大きな箱には、宝石類が入っているでしょ?

個人の家に、百貨店の外商が来ているところなんて初めてみた。

というか、買いに行くのではなく、持ってくるとか、この民生委員さん、どんな名士なんだろう。

家は立派。服装は・・・私服にしては派手。

おそらくは昔からの名士。

そしてもちろんだが、金持ち。

百貨店の外商が、商いにくるような・・・そうだな、この人は、ポリニャック夫人ということでいいや。


「すみませんね、お取り込み中だったようで」

「いいのよ。いいのよ。若い子と話をすると元気になるから。年寄りの無聊を慰めると思って、時々、寄ってちょうだい」

「ありがとうございます」

「・・・まったく、うちの子もあなたみたいに素直に育てばいいものの・・・あのね<中略>」


ポリニャック夫人の話は長かった。

艱難辛苦と眠気を乗り越え、そして、話を切り上げるために、母子家庭の話を持ち出した。

あの母子家庭は、ポリニャック民生委員さんの地域だ。


「え? 学校にはあまり行ってない・・・ということですか?」

「そうみたいなのよ・・・お母さん、出てこないでしょ? あの子達、ちゃんと食べてないんじゃないかしら・・・」

「そうなんですか・・・」

「御惣菜のおすそ分けとか、持っていくんだけど、いつも、子どもしか出ないわねぇ。一度、強引に入ったときは、奥の部屋で、お母さん寝てたけど・・・」


なんだと!?

今、何と言った!?

「おすそ分け」だと!

料理を自分でするのか!?

すごい料理人とは雇って・・・いかん、妄想に引きずられる。

いや、いま反応するのはそこではない。


「おすそ分けですか?」

「そうなのよ。私、一人暮らしでしょ!? 作りすぎたときには、のぞくのよね」


ん!?

しまった! ・・・ポリニャック夫人にしては、善良な人みたい。

どうしよう、もうポリニャック夫人で、脳内インプットしてしまった。

ごめんなさい。

陳謝します。

心の中限定ですけど。


「あの、学校とかは・・・全然行ってないんですかね?」

「・・・昼前後には行っているみたいよ・・・言いにくいけど、朝ごはん作るようなお母さんじゃないからね・・・」

「そうですか・・・」


なぜか善良なポリニャック民生委員宅を辞去し、何となく、例の母子家庭の家の前を通る。

家といっても、長屋だ。

とても古い。

三軒長屋の端っこ。

玄関前で、訪問して帰るかどうか逡巡する。

チャイムを押しても特に話すことはない。

友達の家に遊びに来たのではないので、訪問の理由が立たないな・・・などと思っていると、裏のほうかた子供たちの声がする。

家の裏手には簡単に回り込める。

裏手に回ると、子供たちが、2人で布団を干していた。

特定の部分が濡れている。

君たちは、一昔前・・・昭和の兄弟かよ。

べたすぎる展開。

布団を干し終わるまで気づかれなかったので、干し終わったところを見計らって、声をかけた。


「チョコ、食べる?」


一瞬、何を言われたのかわからない顔をした子供たち。

先に我に返ったのは弟君のほう。


「食べる!」


縁側から降りて、裸足でかけてくる。

お前はサザエさんか。


「ありがとう!」


満面の笑顔で、先にお礼を言いながら手を出す。

あ、こいつ、私がお菓子をくれる人だって認識したな。

きっと、次に来た時には、「また、お菓子くれるんじゃね?」みたいに思うんだろうな。

ポッケにおやつは常備しなければならないな。


「お姉ちゃんと、分けっこだよ?」

「うん! ありがとう!」


手の平に、四角い、個包装の小さなチョコを4粒のせてあげる。


「お姉ちゃんと半分こよ」


念のためにもう一度言うと、満面の笑顔で答えてくる。


「うん! わかってる!」


弟君は、走って、姉にチョコを渡しに戻る。

チョコを受け取り、ようやく私を認識した様子の姉は、小さく頭を下げる。


「あ、ありがとうございます・・・」

「いいえの、じゃ、またね・・・?」


元気な子供の様子を見ることができたことで良しとし、立ち去ろうと、言葉を発するも、その途中で、弟君が走って、私のところに戻ってくる。

やっぱり裸足だ。

おまえはフローネか。

いや、男の子だった。

そして、小さな声で教えてくれる。


「あのね、おねしょしたの、僕じゃなくて、ねぇちゃんだから」


それを聞いて、不覚にも、姉のほうに視線を移してしまった。

姉と目があう。

姉は、弟が何をいったのか瞬時に類推したようだ。


「わ、わ、わ、わたしじゃないもん!」


あたふたして否定する。

弟はその様子に満足したように、続ける。


「え? 何が?」

「!? もう!」


姉があうあうしながら、怒る。

決めた。

姉はカルメン。そして弟はジュニと呼ぶことにしよう。

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