生活保護・キッズ2

「母親、会えませんでしたね」


ものすごい音を立てて、冷風を排出している軽自動車の中で、オークに話しかけるのは嫌だったので、職場の自席に帰ってから感想を言う。

あの車、大丈夫か?

クーラーのスイッチ入れると、とたんにエンジンの回転数があがったぞ。

まぁ、軽自動車だからしかたないのかな。

それよりも、思ったより、臭くなかった安心感は凄い。

いや臭いのか。

既に鼻の機能が低下している可能性もある。

オークの席は隣り。

椅子がミシミシと音を立てている。

すこし椅子がかわいそう。


「ぐふっ・・・母親に会えないのはいつもだよ! 俺もね・・・年に1回くらいしか、会えてないよ!」

「・・・そ・・・そういうもんですか・・・」


オークは、常人がわからないようにデフォルメされ、デザインされた絵が張り付けてあるうちわで自分を扇ぐ。

もの凄い汗で、ワイシャツの下のシャツの線がくっきり浮き出ている。

そんなもん見たくない。

わいせつ物陳列罪だ。

月にかわって、お仕置きしてもらえ。

知ってるぞ、お前のウチワ、最近の若人はしらんだろうが・・・。

いや、むしろ、私がお仕置きしてやりたい。

ただし遠隔で。


「へぇ・・・そうなんですか・・・レアポケモンみたいですね・・・」


左隣のサドツさんが、怪訝そうな顔で、私をチラッと見たのを、目の隅でとらえる。

しまった。

口は災いのもと。

オタバレは致命的。

もう少し気を付けよう。

ポケモンがオタクであるかどうかは、この際、触れないでほしい。


「ちょ、ちょっと、ケースファイル取りに行ってきます」


誤魔化す意味合いも含めて、ケースファイルを書棚に取りに行く。

生活保護の記録のほとんどは、「ケースファイル」にまとめられる。

この中に「ケース開始記録」を初め、いくら保護費を支給しているか、また訪問した際にどうであったかということが、事細かく記載されている。

大量の保護者を抱えるわが市では、大量のケースファイルで、全ての壁が埋め尽くされている。

正確には、医療関係のみ、医療ファイルという別冊になっている。

なので正確には全ての壁はケースファイルと、医療ファイルで埋め尽くされ、それでも足りないので、移動式の書架が部屋の隅に設置されている。

ケースファイルの背表紙には、ケース番号と氏名がでかでかと張り付けられており、ケースワーカーは、その背表紙の中で執務を行っていることになる。

もちろん、執務室は部外者立ち入り禁止。

だって、生活保護者受給者の名前がでかでかと羅列されているんだもん。

入っていいわけがない。

私は数メートル移動して、11地区の棚の前に移動し、きちんとケースナンバー順に並べられているケースファイルから、レアポケモンのケースファイルを選び出す。

楽勝で選び出し、自席に帰って、さっそく開こうとすると、オークがケースファイルを強奪した。


「ちょっと、何ですか、セクハラですよ!?」

「ぐふっ・・・あ、やっぱりこれもだ、ごめん・・・」


オークは謝る。

なぜ謝るかというと、それはオークが仕事をさぼっていたからだ。

ケースワーカーは、生活保護者の家を定期的に訪問する。

訪問したら、その記録をケースファイルに記載しないといけない。

しかし、オークは記載していない。


「ちょっと、見せて下さい」


ケースファイルをひったくり、自分で確認する。


「あ・・・これって」


私は、ジト目でオークを睨む。


「ぐふっ・・・1年だから・・・4回? 2ページくらい、スペースを開けてから、今日の引継ぎの記録を書いといて・・・」

「・・・わかりました・・・それにしても・・・」


私は、オークの席と私の席の間に積まれたケースファイルを指さす。


「こっちもお願いしますね?」

「ぐふっ・・・わ、わかってる・・・」


私とオークの席の間には、同様のケースが山積みになっていた。

ちなみに机の上ではない、床に置かれたごみ箱の上に平積みにされている。

要するに、担当者交代の記事(生活保護の個々の記録のことを記事とよぶらしい)を書かないといけないので、担当者交代の挨拶に行った生活保護者のケースファイルに、その記事を書いているのだが、交代以前の訪問記事を、オークが記載していないため、オークの記事の執筆待ちファイルが山積みになっているのだ。

職場のパソコンで、自宅パソコンのレイド用のハードディスクを検索する暇があったら、私に迷惑を掛けないように早く記事を書けよ。

頭の中でオークを罵倒しながら、ケースファイルを開く。


「ん・・・やっぱり、この生年月日・・・今日は平日ですよね?」

「ぐふっ・・・今日は平日に決まっている・・・」

「・・・なんで、子供たち、家にいたんでしょうか?」

「ぷしゅう・・・自分の家だろう?」


いや、そういう話ではない。

はやり、こいつオークだ。

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