生活保護者は幸せな老後の夢を見るか 第9話(終)
「チキンカツ定食2つ」
「チ、チキンカツ定食、ふ、2つですね。しょ、少々お待ちください」
この世界のイジドアは、ペットショップではなく、定食屋で働いている。
決して、客の目を見ず、おどおどと接客をしている。
「チ、チキンカツ定食2つ」
「あいよぉ!」
イジドアが、調理場の所長に報告すると、所長が大声で答える。
イジドアは、所長の返事を聞くと、移動をはじめる。
立地のためか、作業着を着た、ガテン系のおっさんたちが多い。
意外に流行ってんなぁ。
所長にこんな副業が・・・。
誰も、やや挙動不審なイジドアを気にかけることもない。
「み、水です」
新しく来た客にきちんと水を出している。
気も効くのか?
それとも学習なのか。
少なくとも、ネクサス6は現れてはいないのだろう。
しばらく、観察しているか、所長が調理場から出てくる。
きっと、手下どもの仕事を任せたに違いない。
「ああ、すまない、待たせたな、こっちどうぞ」
所長がにこやかに私のほうに向かってくる。
だめだ。
キャラではないぞ。
むしろ怖いかんじでお願いします。
「イジドアの件だな」
「ええ」
大きな声で所長がしゃべる。
そう、イジドアのこの世界の飼い主は所長だ。
ウォーターサーバーの近くで、次の行動のため、待機しているイジドアが、ちょっとビクッとなったのがわかる。
でも、呼ばれたのではないので、無反応を装っているのだろう。
そのまま、所長の小部屋に拉致される。
会計とかをする・・・所長の巣みたいなところだ。
仕草で、座ることを進められる。
・・・狭い。
「あれだろ? 金は出ないんだろ?」
「・・・はい・・・」
「しょうがねぇなぁ・・・ま、心配せずとも、俺が食う分くらいはなんとかするさ」
なるほどと理解する。
年金担保をして使い込み、生活保護が受けられない人間が、食べていくことができる理由。
それが所長の存在。
おそらくは所長が労働を対価に、食事を提供しているのだ。
所長のことだ、きっと過酷な労働を要求して、わずかな食量しか与えないに違いない。
それでも、イジドアはそれに縋り付いて生きていくしかない。
所長は安価な労働力を、そしてイジドアは食事を得る。
ある意味WIN-WIN。
「いきなり、お疲れさんだったな、ま、これからも頼むな」
私が頷くと、所長がタバコに火をつける。
そういう意味で頷いたのではないのだが、今さら止められない。
分煙ってなに?
それっておいしいの?
私は、イジドアがなぜ、年金担保をしたのか知りたかった。
先日の面接でも、オークが保管していた資料にも、理由が書いていない。
所長に今さら聞くのもどうかとも思う。
酒ものまさなそう。
女っ気もなさそう。
高価な物品があるような部屋でもない。
なのになぜ、年金担保を繰り返すのか。
それを聞いてみたかった。
小説のイジドアは電気羊を欲しがらなかった。
でも、こっちのイジドアは、もしかしたら、電気羊を飼うために年金担保をしたのかもしれない。
その電気羊を、きっと、九龍城から突き落とされたのだ。
彼の幸せな老後は、電気羊に打ち壊された。
そう考えないと、つじつまが合わないような気がする。
いや、もしかしたら美人のネクサス6を囲っていて・・・
答えは出ない。
もし、彼が次に入院したら、年金担保をした理由を聞いてみよう。
そう、心に決めた。
しかし、その決意はかなわなかった。
彼は、次に入院することなく、この世を去ったらしい。
死んだら二度と生活保護は申請できない。
つまり、彼と二度と話すことはなかった。
彼と電気羊と幸せな老後は、泡沫のごとく消え去った。
「オリオン座の近くで燃えた宇宙船や、タンホイザー・ゲートのオーロラ。そういう想い出もやがて消える。時が来れば、雨の中の涙のように」
でも、私のもやもやした気持ちは、消え去らない。
生活保護のケースワーカーって、なんか嫌な感じだ。
人の人生にずかずか踏み込みすぎる。
デッカードとレイチェルのように、逃げ出したい・・・。
でも、二児の母としては逃げ出せない。
こうして、私の人生最初の生活保護ケースファイルは、早々に閉じられることになった。
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