生活保護者は幸せな老後の夢を見るか 第8話

生活保護を開始するには、大量の書類を書いてもらわないといけない。

そして、本人にお金が本当にないのか調査しなければならない。

そして、それらをまとめて、新規ケース開始記録をつくらなければならない。

氏名、住所、生年月日などだけではなく、家系図、扶養義務者の一覧、生まれてからの生活記録、住居の状況など、一人の人間の人生を丸裸にするクラスの書類を書かなければならない。

大事である。

ケースワーカー同士の話から、掻い摘んで類推すると、新規のケース開始は、月に1件までは許容範囲、2件来たら地獄、3件だと死ぬらしい。

巷で、生活保護の申請をなかなかさせてもらえないというのは、こういう事情もあるのではないかと勘ぐってしまう。

そういいながら、私も異動の初月から、新規開始の事務をしなければならなくなったのだが。


「これ・・・な、なんですか?」

「ぐふ、イジドアの新規ケース開始記録だよ」


オークが嬉しそうに紙の束を渡してくる。

嬉しいのか?

もしかしたら苦しいのか?

オークの表情は判断が難しい。

ま、人ではないからな。

そんなことに詳しくなりたくないし。


「・・・えっと?」

「ぐふ、さすがに、所得調査はやらないと不味いから、教えるね」


私に書類を渡したあとに、立ち上がり、太い指で自分のお腹の脂肪を掴むと揉み始める。

なんだ、血行が悪いのか。

脂肪にも血管があるのか。

うむ、不勉強だった。

どうでもいいから、その指で、私に触れるなよ。

許さんぞ。

絶対に、それはセクハラだぞ。

いかん、今は、教えをいただいている最中だった。


「なんで・・・もしかして、オークが書いてくれたんですか?」

「ぐふ、そんなわけないじゃん。毎年ごとだから、廃止回すときに抜いといたんだよ」


詳しく話を聞くと、イジドアは持病をもっており、だいたい年に1回ペースで入院しているとのこと。

毎回、新規ケース開始記録を書くのは面倒くさいので、入院が終わり、ケースを廃止するときに、新規ケース開始記録の部分はコピーして差し替え、本物はオークがにぎっていたということだ。


「ぐふ、年金担保のケースは、こういうことがあるから、とっとくといいよ」


それって、事務的・・・公務員的・・・法的に大丈夫なのかとも思うが、周りも何も言わない。

おそらく、あたりまえのことなのだろう。

少なくとも、この課では・・・。

ちなみに、わたしの席は課長席や課長補佐席に近い。

オークのぐだぐだトークは聞こえているはずなのだが、何も言わないと言うことは、そういうことなんだろう。

私も公務員。

長いものには巻かれないと生きていけない。

また異動させられてしまう。

まぁ、異動したほうがよさそうな職場かもしれないが。


「うわーい、嬉しいな。ありがとうございますぅ」


一応は、可能な限り精一杯の笑顔を張り付ける。

スマイル0円。

安売りしてやる。


「で?」

「・・・ぐふ、で、こっちのパソコンで・・・」


パソコンの画面には、黒いベースに白い字が光っている。

要するに単色。

いつの時代のシステムだよ。

今時、DOS画面かよと見紛うようなパソコンで、システムを使用した生活保護の開始の入力手順を教えてもらう。

しかし、気になる。

そもそもカード認証のシステムなのだが、カード読み取り機に、小さな穴があけられた認証用カードが、黒い綴り紐で括りつけられている。

その認証機に物理的に紐づけられたカードで認証して、システムを立ち上げる。

おいおい。

認証やりたい放題じゃん。

セキュリティって何?

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