生活保護者は幸せな老後の夢を見るか 第6話

部屋に入ると、いままでのダンジョンが嘘だったかのように小奇麗な部屋。

むしろ、本当に人が住んでいるのかというような、生活感がない部屋。

2匹のちびたちが無双している我が家よりも、よっぽど整理整頓されている。

玄関の正面が廊下となり、向かって右手がトイレと風呂。左手は手前が台所とダイニングで、その奥に窓に面した一部屋がある。

一人暮らしには十分な間取り。


「ぐふ、あがるよ、ぷしゅう」


やはり、なぜか、オークは上から目線だ。


「ど・・・どぞ」

「お、おじゃまします」


スリッパはないが、靴下が汚れる心配がない廊下を歩き、奥の部屋に通される。

中央に机・・・いわゆるちゃぶ台?

小さなブラウン管テレビが一つ。

奥の壁は押入れと思われるスペースであり一面が襖で占められている。

左手のダイニング兼台所との面はガラス戸で仕切られている。

そして、右手は窓。

窓からは、港と工場が見える。


ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン。


何か巨大な金属を叩くような音がする。

なぜ金属であると認識したかと言うと、少し残響が残るのだ。

その残響が金属っぽい。

近くに造船所があるので、船体でも作っているのだろうか。


「ど、どうぞ」


座布団はない。


「ぐふ、いやぁ、じゃ、はじめようか、ぷしゅう」


オークが何かを始めようとする。

私は、殺風景で何もない部屋になぜか気を取られながら、いやいやながら、オークの隣に腰を下ろす。


「ぐふ、えっと、入院して、もう退院したわけね、ぷしゅう」

「・・・はい」

「ぐふ、そう・・・去年と何か変わりはない? ぷしゅう」


そういいながら、何かを出す。

表紙に「生活保護開始ケース記録」と書かれている。

表紙といっても、穴あけパンチで2穴があけられており、その状態でクリアファイルに入っている。

オークが短い指で、器用にクリアファイルから書類を取り出すと、ちゃぶ台の上におき、めくり始める。


「ぐふ・・・えっと・・・家族構成・・・、扶養義務者・・・、かわらないよね、家系図も変化ないよね、生活歴・・・」


何やら汚い字で書かれているが、それを見ながら、偉そうに何かやってる。

そうだ。オークのくせにえらそうだ。


「あ、そうだ、薬は? ぷしゅう」

「退院のときに、たくさんもらいました」

「それはよかった、そこまでは見るから、ぷしゅう」


そういいながら、別の書類を取り出す。


「ぐふ、ここに名前とハンコ、そう、それから、ここにも、名前とハンコ。あ、民生委員にお願いする書類、渡すの忘れてた・・・、で、こっちにも名前とハンコ・・・」


話の内容からすると、初めての申請ではないらしい。

名前を書かせて、ハンコを押させているが、ろくに説明をしない。

暗黙の了解でもあるのだろうか。

もちろん、オークは私にも事前説明はない。

黙って見ているしかないのだ。

保険の営業のときには、こんなわけにはいかない。

事細かにいろいろと説明しないと、後で怒られる。

役所の仕事とはこんなものなのだろうか・・・。


「はい・・・はい・・・」


おっさんは、言われたまま、署名しハンコを押す。

何も疑問を感じている様子はない。


「・・・」


つまらなくなって、顔を上げる。

押入れの上に小さな襖があり。

確か天袋という名称だったと思う。

最近の家にはない。


「ぷしゅう・・・、あ、入院期間の確認だけど・・・」


右の窓から外を見る。

窓の向こうは、無機質な工場地帯。

ここは7階。

窓の位置が高いこともあり、人影は皆無。

ビル・・・というか、壁の構造から工場と思われる建物しか見えない。

言われるままにハンコを押してく彼は、借金のかたに、すべてを取り上げられる小市民にも見える。


ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン。


何か巨大な鉄を叩くような音がしている。

その音のためなのか、逆に他の音が聞こえない。

うるさいのに静かだ。

まるで、この九龍城に、このおっさん以外の誰も住んでいないかのように静かだ。

その巨大な音が、むしろ静寂さを引き立てる。

そのとき、突然、おっさんの名前が、私の頭の中に降臨した。


「イジドア」

「ぐふ、イタ・・・藤伊さん、どうしたの?」

「な、何でもないです」


心の声が、口から洩れていたようだ。

危ない。

妄想が激しいことは自覚している。

妄想が現実世界へ侵略してくる。

気を付けねばならない。

きっと、あのブラウン管テレビがエンパシーボックスだ。

ネクサス6が、同じビルに住み始めるかもしれない。

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