生活保護者は幸せな老後の夢を見るか 第5話
「そうか、携帯番号は?」
「・・・えっと・・・」
その「えっと」を言う間に素早く思考する。
この民生委員とかいうやつは、きっと重要人物。
風体からすると・・・あれだな、「港の所長」だな。
倒さないと、島から脱出できない的な、それなりの凄いアイテムを所有しているに違いないくらいの威圧感はあるぞ。
それならば、懐柔の方策として、私の携帯番号くらい教えないと、今後のシナリオ進行に差し障りがありそうだ。
初対面で、女性(一応、私のことだ)の携帯番号を言えとは、なんとも不遜な民生委員だとも思えるが、長い者には巻かれておこう。
あくまで、一連の動きを装って・・・つまり、この一瞬にこのようなことを考えていたそぶりを見せず携帯電話を出す。
そう、スマホではない。携帯電話だ。
この時期、まだiPhoneが発表された直後、スマホは名称を含み、まだ存在していない。(と思う)
「ありがとう。緊急時には連絡させてもらうから」
ほう、その強面でお礼を言うことができるのか。
一応、「所長」とう管理職についているだけはあるな。
「はい、わかりました」
「最近では女性もケースワーカーやるんだねぇ」
「・・・そう・・・みたいです」
「えっと・・・ゴミ屋のじいさんは・・・いいかげん歳か・・・ボクサーも彼女がいるみたいだし・・・ま、性犯罪者はいないから大丈夫だろ。でも、スカートじゃなくて、ズボンをはいたほうがいいだろうな・・・」
怖い顔で、一応、まともなことを言いだす。
しかし、なるほど、そういう観点はなかった。
そういう危険性もあるわけか。
「あ、ありがとうございます。気をつけます」
「ま、俺も睨みを聞かせとくからな。で、今日は、入院の件だな」
「ぐふ、そうです、ぷしゅう」
オークが答える。
しかし、オークもでかいが、所長もでかい。
何がって、横にだ。
それが食堂のすみっこに仕切られた変な空間・・・おそらく、お金を扱ったり、帳簿をつけたりする場所なのだろうが、その狭い空間に鎮座している。
狭い。
2人がにやにやしながら話していると、悪い組織の幹部と、その手下のオークに見える。
所長は普段着、オークは一応スーツってところがダメだけどな。
「おーい」
所長が、食堂脇の小部屋から、上半身だけ出して、人を呼ぶ。
やってきたのは、残念ながら青い髪の少女ではなく、おどおどとしたおっさんだった。
身長は高くなく、服装は地味。
視線が定まらず、それが「おどおど」という第一印象の原因。
えっと、名前は・・・思いつかない。
思いつかないくらい、平凡。
私の知識から、すぐにニックネームが出てこない。
私もまだまだだ。
「いつも通り、部屋、見るんだろ?」
「おどおど」がやってくるのを確認すると、所長は、我々を振り返って確認する。
うん、正に悪の所長と、虐げられたゴブリンーーいや、これも違うな、もっと弱弱しい――という感じで、とても良い。
「ぐふ、そうです、お願いします、ぷしゅう」
「じゃ、行って来な」
「ぐふ、わかりました、ところで、いつも通り、入院費だけでいいですか、ぷしゅう」
「おう、もちろんだ」
「ぐふ、では、そのように、ぷしゅう」
呼ばれたおっさんの意見は一言も聞かれずに、今後の予定が決定される。
いいのかとちょっと思うが、これが既定路線らしい。
「ぐふ、いくぞ、ぷしゅう」
なぜか上から目線のオークが、おっさんを拉致る。
腕を掴んだりしていれば、食糧庫に人間を運ぶオークなのだろう。
雰囲気は正にそうだ。
おっさんは、当たり前のように、うなずき、九龍城へ向かう。
「この市営、でかいっすね」
「市営じゃないよ、改良住宅だよ」
「へ?」
「あれ知らないの?」
ちきしょう、オークに物を教わるとは思わなかったが、私が知っている市営住宅とは別に改良住宅というのがあるらしい・・・すくなくともうちの市には。
市営住宅は、文字通り、市営の住宅。
改良住宅は、ちょっと昔・・・いや戦後だから、かなり昔か・・・バラック小屋とかが、乱雑に立っている地域で、市がちょいと強引に、立ち退きをやって、そのかわり、改良住宅に住む権利を与えたみたいな感じらしい。
従って、基本的には格安だ。
どれくらい格安っていうと、駅まで徒歩15分。1DK。もちろん風呂とトイレ付きで5,000円。
いくら地方都市でも格安。
一瞬、私も引っ越しを考えたが、それは改良住宅に一歩踏み込んで、消し飛んだ。
10階の高層建築。
エレベーターは2台。
そのエレベーターに書いてあるのだ。
「立ちション禁止」
エレベーターの中に書いてある。
もちろん、短いエントランスにも書いてある。
もっというと、階を上がってエレベーターを降りたところにも書いてある。
うそん。
そういう匂いがしてくる。
くそっ、マスク忘れた。
構造的には、エレベーターを中心に左右に通路があり、その左右に部屋がある。
つまり、最近よく建築されているような、廊下が外側の建築物ではなく、廊下が建物の中央を通る。
生理的に受け付けない貼紙を横目に廊下をオークとおっさんと私が進む。
灯りは暗く、通路は汚く、そして、すえたようなにおい。
もはやダンジョン。
本当にゴブリン出てきそう。
改良住宅は、九龍城で、おまけにリアルダンジョンだった。
何を言ってるかわかなないって。
そうですか。
私もわかりません。
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