第8話



「はあ〜……おなかすいた……」


家族団欒の時間が終わり、別館に戻ることを許された私はさっそく自室のソファに沈んだ。ふかふかは私を癒してくれる。


少し歪な朝食会は、あれから去り際にお母様にドレスのことで苦言を呈されて無事終了した。年相応の服を着たい成人間近の私とは相反して、お母様は私に10歳の少女が着るようなふわふわのドレスを着せたがる。


なぜならお母様のなかで私は老いも成長もないお人形さんだから。脳内で前世の私が、この毒親が!と悪態をついているが麗しのシュガー令嬢が窘めている。



「すぐに朝食をご用意しますね。焼きたてですよ」

「ありがとう……」



お母様が狂っていようとなんだろうとこの際どうだっていい。私はようやく焼きたてのパンにありつけるのだ!結構な時間が経っている気がするが、焼きたてとは焼き上がり何時間目までのことを指すのだろうか。まあなんにせよ美味しければいい。


今更私が自分のメイドをほしがったのには理由がある。学園の長期休暇が明ければ、晴れて寮生活が始まるのだ。1年かけて両親がようやく納得してくれた憧れの生活。

その学園には使用人寮も完備されており、貴族は若い使用人を10人まで学生として連れて行くことができる。近代化に伴い平民の受け入れを始めた学園ならではだ。


つまり、誰でもいいから寮まで付いてきてくれるメイドがほしかっただけ。お母様もそこは察してくれたから了承してくれたのだろう。



「アラン。あとで学園へ使用人の人数を申請し直しておいて」

「かしこまりました」


「……リゼ本人に何も言わずに学園の入学まで決めてしまうのは、さすがに罪悪感があるわね。アラン、私は悪人かしら」

「いいえ。使用人のことなどお嬢様が気になさることではありません。むしろ学園で学べる機会を頂けるんですから、光栄なことですよ」



朝の紅茶を淹れながらアランが微笑む。

今頃リゼは慌ただしく様々な準備を行っている頃だろう。たまたま今朝私の部屋に来ただけという理由で、ここに来たばかりでこんなことになってしまい申し訳ない。

長期休暇が終わるまであと10日ほどしかないが、まあなんとかなるだろう。



「それに、やはりメイドがいた方が何かと動きやすいと思ってのことなんでしょう?学園のセキュリティは万全なのでお嬢様が殺されるとしたら内部犯の線が濃そうですし」



温め直したであろうパンの匂いによだれが垂れそうになる。朝食の準備が終わり私の向かいに遠慮なく座るアランを前に、私はパンをちぎりバターを塗った。


確かに寮生活ではアランより同性のリゼの方が何かと役立ちそうだ。単純にアランに着替えの世話をしてもらってるところを目撃されたくないって言う理由もある。


私が通うのは、ウィズテリア王国1番の大きさと質を誇るエーデル学園。初等部や中等部も存在するが、私は高等部からの入学だ。初等部から学園に入っている者が多いなかで、私は周りにとんでもなく過保護な両親の箱入り娘だと思われ遠巻きにされている。あながち間違ってはない。



「それも勿論あるけどね。大災害の予言を公表したあと一体どんな根も葉もない噂が流れるのか、リゼを通して把握しておきたいっていうのが大きいわ。私、イーサンしか友達いないから」

「ああ……なるほど……」

「友達が多いアランの焼いたパンは美味しいわね」

「俺も友達作り手伝いますから……!今年こそ作りましょう……!」



従者に哀れまれ、パンを食べ紅茶とスープを飲みながら話を続ける。もちろん情報収集はアランにも手伝ってもらうつもりだ。災害に関してデマが広がることもそうだが、そんな騒ぎに乗じてイーサンを唆す輩が現れたり教会が不穏な動きをするのも警戒している。



「友達作りは勿論のこと、平和に楽しく生きれるように頑張るわよ」

「もちろんです」


笑って答えてくれる従者の口元についているパンくずを拭ってあげると、顔を赤くして「普通逆ですよ」と困った顔をしてまた笑った。ちょっと心配になるくらい初心な子だ。


両親の件や私に友達がいないことなど悩みは尽きないが、やはり私の中にある乙女ゲームの記憶がいちばん厄介だ。監獄内の恋愛など好きにやってくれて構わないが、イーサンとアランのことは守らなくてはいけない。そのために私は全て利用して生き延びてみせる。


いつかは全て乗り越えて平和に楽しく生きたい。誰にも咎められずに好きなドレスを着て、好きな人と舞踏会で踊ってみせる。そして産まれたこどもをちゃんと人間として扱っていつまでも幸せに暮らすのだ。



「学校が始まってしまう前に、どこか出かけましょうか」


そう楽しそうに言うアランに、先程思いついて今まで忘れていたことをふと思い出した。私は、勝手に市場の話や歓楽街や最近話題のスイーツ店の話をして1人で盛り上がりだしたアランの口にパンを突っ込み黙らせた。



「そうだわ、アラン。貴方に暇をあげるわ」



「…………、……クビですか?」

「違うわ。リゼが別館に来てくれることになったことだし、貴方を休ませようと思っただけよ。学園が始まるまでの1週間程度になるけれど」


突っ込まれたパンを咀嚼し、無事飲み込んだアランは私の急な発言に困惑したように呟いた。顔のいいやつは悲壮感が漂っていても顔がいいな。さすがに今あなたをクビにするのは訳が分からないでしょう。



「貴方、私のせいで生まれてこの方休日というものを経験したことがないでしょう。いつも忙しくさせてしまって申し訳なく思ってたのよ」

「ま、待ってください…あの…休み以前に正直俺はろくに仕事をさせてもらってないんですが……」


「……?何言ってるの、毎日館の掃除や私の世話を1人でしてくれてるじゃない。去年から学園も通いだして、大変なことよ。重労働だわ」

「お嬢様は数部屋しか掃除しなくていいと言うし、なにより調理や洗濯は本館の使用人に任せているじゃないですか!」

「使ってない部屋の方が多いし、この館には厨房やサンルームがないからそれは仕方ないじゃない。というか料理を料理人に任せるのは当然でしょう……」


ばん!と彼がテーブルを叩き紅茶が少し跳ねる様子を真顔で見る。アランはどうしてこんなに熱くなってるんだ。


「なにより!こうして毎日のようにお嬢様の部屋でくつろいでるのが、俺が忙しくない証拠です!」

「……なるほど」

「俺の実家はここですし、1週間も休暇をだされてなにをすればいいんですか!?普段から勤務中に許可を貰えれば出かけたりもしていますし、体調の悪い際はお嬢様自ら看病してくださったり俺は」

「わかった、わかったわ。わかったから」



熱くなってしまった彼を窘める。こんなに休日を嫌う人は初めて見た。私のお出かけに付き添う際は楽しそうなのに、どうしてこんなに嫌がるんだろうか。もしかして実は友達がいないんじゃないか?なんにせよ嫌がるならば無理して休ませたりはしない。こっちとしてもアランがいてくれた方が助かるし。



「貴方に暇を出すのはやめるわ、さっき言っていたようにどこかへ出かけることにしましょう」



そういった私に、アランはやっと落ち着きを取り戻したようだった。ほっとした様子で、どこから得たのか、最近話題のあれこれの話をしてくれる。貴方がそんなに言うなら、久しぶりにスイーツを食べて演劇を見に行くのもいいかもしれない。


朝食を食べ終わったあとも、談笑は続く。確かに私にまともな家族や同性の友人はいないが、アランがこうして食事や休日のお出かけに付き合ってくれるうちはとても自分が不幸だとは思えない。


アランとの楽しいお出かけは明後日にすることにした。今日か明日のうちに、ちゃんとリゼに話をしなければ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お砂糖令嬢は監獄の夢を見るか? @takimari1005

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ