第5話

忙しいイーサンをアランと一緒に見送って部屋に帰ると、メイドたちによって龍の首は既に部屋に飾られていた。私に飾るか否かの確認くらいとってくれてもいいのに、まあ使用人は本館の方の仕事が忙しいので仕方ないが。

落ち着いた色合いのロココ調の家具で揃えられた部屋で、禍々しい龍の剥製は些か浮いている。東洋風の部屋にでも模様替えしてやろうか。


私が龍の黄金の瞳とにらめっこをしていると、今までずっと黙りっぱなしで難しい顔をしたアランがようやく口を開いた。

とても、重い声だった。



「……先程の会話を聞いて思ったことなのですが。お嬢様を殺して得をするのは……、教会勢力ではないでしょうか」



誰かに聞かれてはまずい話だからか、声を潜めてアランがそう告げる。窓から見える礼拝堂を睨みながら彼は言葉を選ぶようにぽつりぽつりと自らの考えを吐露して言った。冷静に、その話に耳を傾ける。



「…昔と比べれば、科学の発展により魔法が主力である教会の力は弱くなってきてはいますが…。それでも、信心深いこのウィズテリアでは教会は王族に次ぐ力を持っています。

……ただの貴族令嬢が神の声に逆らって死を回避するくらいなら教会も目を瞑ってくれたでしょう。ですが前例のない大災害の予言を聞いたとなると…」


「…神の声が示したとおり大災害に身を委ねろと言ってしまえば貴族や庶民からだけでなく、王族からも反感を買ってしまう。かといって今までと同じように、神の声に逆らう者を見て見ぬふりしてあげるには規模が大きすぎる?」



こくり、とアランが頷く。彼の言いたいことがなんとなくわかった気がする。


現在勢力が弱まってきている教会は、できれば王族からの反感を買いたくはないのだろう。しかし、神の声に逆らうから天罰が下ったという形で私が死んだ場合、教会が王族から反感を買うことなく貴族たちの災害対策に目を瞑った上で神の力を誇示できる。


数多の貴族や商人たちが災害の対策をしても、それら全てを「予言を公表した令嬢のせい」にしてしまえば罰するのは私だけで済むのだ。


……それにイーサンの家は、信心深く教会とも仲がいい。乙女ゲーでイーサンが私を殺した理由は「大災害の予言を公表した令嬢を消せと命令されたため」だったのかもしれない。


あの対象年齢が低そうな乙女ゲームで、攻略キャラクターがお家のややこしい事情を持ち出すとは思えないが、大災害絡みのこととなるとゲームのエンディングの伏線にもなるので可能性はある。


アランの意見に感心しながら紅茶を飲む。イーサンから教会という言葉が出てきてから、ずっとこのことを黙って考えていたのだろう。



「……アランは」

「はい」

「可愛いわね」

「はい?」

「あなたは可愛いわ」

「はい……」


手招きして呼ぶと私のそばに膝をついたアランの頭を、贅沢に両手で撫でる。怪訝な顔をしたアランは「俺の話聞いてました?」と言いたげだ。


彼の髪を撫で頬に触れた両手はそのままに、こつん、とおでこをあわせるとアランの肩が少し跳ねた。まるでキスでもしそうなくらいの至近距離で彼の温度を感じながら目を瞑る。アランからは、紅茶のいい匂いがした。



「私を死なせないためにいっぱい考えてくれたのね。貴方が私に何をしてほしいのかはわかったわ。だけど……ごめんなさい。そういう訳にもいかないのよ」

「……」

「予定通り学園の始業式の日に、国王陛下から災害の予言を受けたことを公表してもらうわ」

「どうして……予言を公表さえしなければ、大災害を見て見ぬふりをすればお嬢様は……」

「先走りすぎよ。私が殺されるのは予言を公表したせいだって、まだ確定したわけじゃないでしょう」

「それでも、少しでも可能性があるなら俺は」



苦しみ押し殺すように声を出すアランが見ていられない。彼にはいつも、私の隣か一歩後ろか…まあ彼が幸せになれる場所で、ふにゃりと呑気に笑って欲しい。


ケーキの上の苺の話でもお金の話でもなく、生きるか死ぬかの話をしていることを実感させられる。まあ主人に口答えする点はいつも通りだが。私はアランから手を離して顔を上げた。



「アランは、私の命と国民の命を天秤にかけても私の方に傾いちゃうのね」



私のことをあまりにも真剣に考えるアランがなんだか愛おしくて可愛くて、柔らかいソファの背もたれに沈みながら思わず笑ってしまう。


申し訳ないことに、私は国民の命の方に天秤が傾いてしまうのだ。傾かせなければいけない。それが貴族としての責任だろう。呆けてこちらを見つめるアランは、小さくため息をついた。さっき私が撫でたせいで、彼の髪は少し乱れている。



「貴方は…頑固ですからね……。わかりました、貴方の意に添いましょう。ですが教会への警戒は怠らず、すこしでも異変を感じればご報告ください。…できれば、いつか俺に全てを話してください。頼ってくだされば、俺がなんだってしますから」


「ね、お嬢様」



従者と思えないくらい主人に指図しまくる彼に、私は曖昧な微笑みを向ける。

部屋に夕日が差し込み部屋をオレンジ色に照らしていた。陽が落ちるのが前と比べて早くなってきた気がするので、きっともうすぐ夏が終わるのだろう。今日は本当に怒涛の一日だった。本当に。



「私だって、なんでもするつもりよ」



かつてプレイした乙女ゲームの中で『主人を殺された復讐に、 グロスター家の当主を殺害した従者』という設定を抱えて登場したキャラクターが、ようやくいつものようにふにゃりと呑気に笑ってみせた。

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