第4話



「どうしたんですか、珍しい」

「久しぶりだな、アラン。お茶の時間を邪魔してすまないな」



信頼する人の来客で、パッと顔を明るくしたアランが簡単に扉を開ける。いや……うん………まあいいわ。いいけども。


硬直している私に対して、イーサンは扉から顔を覗かせて、無愛想ながらも瞳を細めて微笑みを見せてくれた。あまり顔色を伺うということが得意でない彼は、私のおかしな様子に気付いていないみたいだった。


現時点で彼に殺される理由に全く検討がついていないことが本当に怖い。私たちの家の間に政治的な争いはないし、私の家も彼の家も特に切羽詰まった心配事はない。

これから何か起こってしまうのか、それとも今も彼の中に殺意はあるのだろうか。


なんにせよ、私はあの筋肉質な腕で振りかぶった剣に一年後…。



「しばらく東へ遠征に行っていたんだが、帰る途中にお砂糖令嬢が神の声を聞いたって噂を耳にしてな。せっかくだから祝いにきたんだ。急に訪ねてきてしまってすまない」

「あ、ああそう……それは光栄ね。忙しいなかお気遣い感謝するわ、その妙なあだ名は全然光栄じゃないけれど……」



妙なあだ名でからかうように呼ばれて思わず呆れてしまう。お砂糖令嬢とはその名の通りシュガー・エルンドラードのことである。社交界の影で不名誉なあだ名が広まってしまうのは、キラキラネームである者の運命だろう。といっても、面と向かってそう呼ぶのはイーサンくらいだが。


大きい箱を抱えたイーサンは、足早にこちらに近づきテーブルのうえにドンとその箱を置いた。金色の刺繍が施された紺のリボンで装飾されたその箱はおそらくプレゼントだ。


中身は想像がつかないが、お礼を言おうとするとまるで遮るようにイーサンが言葉を発した。

剣を振るうときは唸るように張り上げている彼のその低い声は、私やアランに語りかける時はとても優しく静かで穏やかだ。



「…改めて言うのも少し恥ずかしいが、シュガーやアランには小さい頃から世話になっている。本当の兄弟のように、いや、それ以上に大切に思っている。

……予言の内容はまだ知らないが、きっとしばらくは色々と大変だろう。俺は貴方を尊敬もしている、だからどうか今までどおり気の置けない友人でいてほしい。まあ遠慮ない貴方だ、1人で頑張るなどということはしないと思うが…それでも」



神の声のせいで精神を病んだものを何人も見てきたと、イーサンは俯きがちに言う。実際、この国の女性は、神の声に託されたもののせいで精神を病みやすい。私のように前世の記憶を見せられた者は耳にしたことは無いが、自分や家族の死ぬ姿を見てしまうことは多いのだそう。


意志を持って自分の運命をどうにかしようとする者もいるが、信仰心の強い者は神の示した運命に抗うことをよしとしない。きっと私の動きをよく思わない者もでてくるだろう、生真面目な彼らしい言葉だ。



「俺は…グロスター家は、いつでもお前達の味方だということを、忘れないでくれ。俺は貴方をそこらのか弱い令嬢と同じようには思っていないが、剣士のように強いとも思ってはいないからな。」


暗に彼は、私が聞いた神の声がなんであれ、それに抗うのを応援すると告げた。

……私の記憶が正しければ、少し年の離れた彼のお姉様は「子を産むと同時に死ぬ」という神の声に抗うことなく、その予言通りに生涯を終えている。彼なりに何か、神に対して思うことがあるのだろう。


「……ありがとう。私もあなたが大切だと思っているわ。でも、いいの?グロスター家は教会と親しいはずよ。もし私が神に示された運命を変えようとしているならば、いい顔をしないでしょう」

「まあ……俺は特に信心深いわけではないからな。個人的には何の問題ない。」

「グロスター家としては?」

「何らかの問題はあるが俺が責任を持とう」

「本当にいいの……!?」



少し狼狽えた様子の私を見て、イーサンは笑った。親しい者にしか見せないその笑顔にはなんの陰りもない。

目の前にいるのは恐ろしい殺人犯などではなく、小さい頃から一緒遊んでいる大切な幼馴染だ。私のことをこんなに心配してくれている。決して暇では無いなかこうして突然尋ねて、直球すぎる言葉をなげかけてくれるほどに。


ゲーム画面の中で、眠る私の喉を大きな剣で貫きそのまま首を飛ばし殺したイーサンにはなにか事情があったはずだ。でなければこんな優しい人が友人を殺すわけが無い。


いつでも思ったことをまっすぐに伝える彼は、どこまでも素直で純粋だ。イーサンはきっと悪ではない、こんな良い友人が人を殺してしまうほどに追い詰められる状況こそが悪なのだ。あなたを悪役にしたくない。改めてそう強く思う。


私はこれから、イーサンに殺されないように立ち回るのではなく、イーサンが人を殺してしまう状況になるのを阻止すべきなのだ。警戒すべきは彼ではなく彼の周りだ。


そうして決意を新たに、手のひらを固く握りしめる。



「ところでこのプレゼントは一体なんなのかしら」

「東方に住む龍の首の剥製だ。ぜひ部屋に飾ってくれ」

「く、首…」



まるで殺害予告ね。とはさすがに口に出来なかった。

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