第3話

そうして私は帰宅した父に別室に連れ出され、共に学者や様々な有識者からの尋問とも言える質問攻めにあった。時間にして数十分程度の軽い質問タイムだったが、私が答えられることは案外少ない。


なにしろ「この世界はゲームの中である」「獄中の大恋愛がきっかけで災害が起きる」なんてふざけたことはもちろん言えるはずもない。


とはいえ、数十分とは思えないほど濃い時間だった。

無事にアランが待機する自室に戻り、質問に答え続けて疲労した喉を労わるように冷たい紅茶を飲む。暑がりの私のために冷たいスッキリとしたお茶を淹れてくれる優秀な我が従者には感謝せねばなるまい。


たとえ私が自室に戻った際に我が物顔でイチゴのショートケーキを食べていたとしても、感謝せねばならないのだ。私はできた主人なので。


これからしばらくは噂を聞きつけた貴族達から手紙がわんさかくることだろう。あと教会絡みのめんどくさい事柄も増えそうだ。




「疲れたわ…」

「おつかれさまですおじょうさま」

「物を食べながら喋らない」

「すみまふぇん」



自室でげんなりと項垂れている主人に対してケーキを食べながら喋る執事は如何なものか。主従関係以前に、人と話しているときに物を食べてはいけないだろう普通。生クリームがたっぷりと乗った苺のケーキを美味しそうに食べているアランを見つつ、私もフォークを手に取った。


気難しい人も硬い雰囲気も好きじゃないので文句もないのだけれど。アランの父がこの光景を見たら卒倒しそうだ。


目の前のこの男。アラン・フロライトは我がエルンドラード家に代々仕える予定である従者の家系の2代目だ。真剣な眼差しで「お嬢様の苺ひとつ頂いても?」などと宣うコイツが2代目なので割と血が絶えるのは早そうだが。


食欲旺盛スイーツ男子系執事に苺を奪われる前にさっさと食べてしまう。ぶすりとフォークが突き刺さった苺が私の口に消えていったのを見て、アランは残念そうな声をあげている。私の苺だ。



「気付いてらっしゃるかと思いますが、お嬢様が神の声を聞かれたということで、お祝いの手紙と美味しいプレゼントがたくさん届いてるんですよ。」

「早朝とはいえ、私が神の声を聞いたのって今日のことよね……?まだ公表もしていないのに、どれだけ耳と行動が早いの……。」


呆れながらため息をつく。神の声の内容はまだしも、神の声を聞いたということは本来めでたいことなのでこうして祝うのは普通のことだ。おそらく成人の儀式に近い認識なのだろう。神の声の予言の内容を公表した途端、お祝いムードが一気にお通夜ムードになりそうだが。


「全く…何がお祝いよ。私を食中毒にしようとしているならまだしもこんな季節に生菓子を送ってくるなんて。そんなに氷を見せびらかしたいのかしら」

「まあまあ、俺は嬉しいですよ。まさかこの暑い季節にこんなに美味しい苺が食べられるなんて」

「そんなデカい身体でよくそんな小さな果物に喜べるわねえ…」



主人が陰湿に愚痴をこぼすなか従者はとても幸せそうだ。魔法を使える者が少なくなった今、魔法を使用した物を贈ることはなによりの権力の誇示や相手に対しての敬意を表す手段として用いられている。

普通はとれたての魚や高級肉や珍しいフルーツなどを冷却系の魔法で送られてくることが多いらしいのだが、このシュガーという名前のせいもあってかエルンドラード家の令嬢のもとに集まるのはだいたい生菓子だ。


毎回アランの胃に面白いほどに収まっていくため特に表立って嫌だという意思表示はしないし、べつに甘いものが嫌いなわけじゃない。ただ私の胃には甘いものを受け入れられる限度ってものがある。大量に送られてきても困ってしまうのだ。

目の前の男は全く困っていなさそうだが。



「あ、そういえば珍しく甘くない贈り物もありましたよ。……あまりこの辺では見ない加工製品ですね。……うげ、見てください。よく見るとこれ虫ですよ。一応高級食品みたいですけど……」

「ふうん。用意してくれる?」

「い、苺ケーキを食べたあとにこれを食べるんですか…?ええ……」



アランがもっている瓶の中身には、些かグロテスクだが見覚えのある日本食に近い見た目のものが入っている。田舎で食べたいなごの佃煮だ。そして憐れむような目をこちらに向けるドン引きのアラン。いや失礼が過ぎるだろう。


立派な日本食であるいなごの佃煮になにか文句でもあるのか、とアランの結んだ髪をぐいぐい引っ張ると「え!?い、痛!も、申し訳ありません!痛いので離してください!」と喚き出す。やっぱりたまに叱らないといけないのかもしれない。



わちゃわちゃと戯れている(?)と突然、コンコン、と扉をノックされて思わず2人の動きがぴたりと止まる。今日は来客の用事がなかったはずだが。


警戒したのかアランの目付きが扉に向かってきゅっと鋭くなった。その様子に少々驚くが、昨日物騒な話をしたばかりなのだからまあ仕方ないだろう。


髪を引っ張っていた手で今度は優しく宥めるように背中を撫でた。「大丈夫よ、きっと私を殺すつもりで来たわけじゃないわ。ただのお客様よ。」と耳打ちすると、彼は困ったような顔をする。



「誰かしら、今日は来客の予定は無いはずよ」

「俺だ、突然すまない」




元気なイーサンの声だった。よりにもよって。


イーサンのことは全面的に信頼しているアランが、ホッと息をついて安心して扉を開けに向かう。それを止める理由が思いつかない私はただ椅子から立ち上がることしかできなかった。

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