第2話

「ベッドで寝ている私に大きな剣をね、こう…」

「うっ」

「思い切りふりかざして」

「うう…!!」

「そのまま首元めがけて…」

「も、もうやめてください!俺が聞きたいのはそういうことじゃない!お嬢様が!いつ!どのような理由で!誰に殺されるのかを教えて頂きたいのです!」



ついからかうのが楽しくて真顔のまま悪ノリをしていたら、とうとう悲鳴が上がってしまった。


外出中だったお父様が帰ってくるまで、とりあえず私の部屋で作戦会議の時間だ。ふかふかの椅子に身を預けながら物騒な話を進めながら心の中で小さく笑って、アランが焼いたクッキーを1枚頬張った。とてもおいしい。


従者いじめ反対ですと看板を今にも掲げそうなアランを横目に、さてどうしようかと薄桃色のくせ毛の髪をいじりながら考える。


幼い頃から交流のあるイーサンは、嵐のように鋭い目を持ちながらも所謂イケメンと称される男だ。少々無愛想な面もクールだと貴族令嬢のなかでは人気が高い。


とても努力家で素直で私のこともよく慕ってくれていて、そんなよく出来た男に今から一年後に殺されるという実感はとてもわかない。



「それはいつか話すわ。…アランが信用に足らないと言ってるわけじゃないのよ」

「…旦那様にも、奥様にも、誰にも言わないおつもりですか」

「それだけの事情があるの。…それに、言ったところで無駄でしょう」

「……っそれなら!せめて、イーサン様には教えましょう」



飲み込みかけたクッキーが喉で暴れた。げほげほと噎せるのを淹れたての紅茶で流し込む。とてもおいしい。アランの作るお菓子や紅茶は店へだせるほどの出来栄えだ。だが今はそれどころではない。



「イーサン様は、イマイチ何を考えてるかわからないお嬢様にも理解がありますし、なにより剣術に優れています」



その剣術で私は殺されるわけだけどね〜とはさすがに言えなかった。銀髪にお似合いの菫のような紫の瞳が必死さを訴えている。

しかしその提案を受け入れる訳にはいかない。信じられないほど事態がややこしくなってしまう。


もし、事情を話して私を殺すのがイーサンだとバレてしまったら。騎士道を重んじるイーサンはそれこそ自ら腹を切りかねない。どうして私の周りには自責の念で自害しかねない素直な男しかいないんだろうか……。



「う、うーん…」


顔のいい男に必死に訴えられるとつい何も考えずに頷きそうになってしまうのはシュガーではなく前世の私の影響だろう。日本じゃこんな顔立ちも髪色もありえない。薄桃の髪とグレーの瞳で童顔の私とは大違いだ。砂糖菓子のようだと称されることもある自身の色は如何せんこどもっぽく、そして珍しい。


おそらく私はイーサンルートではキーパーソンのような役割をしているため「プレイヤーが覚えやすい容姿と名前をしたモブ」という意図でこうしたキャラクターデザインをされたんだろう。はた迷惑な話である。


思考が明後日に飛んでいる私を気にすることなく、アランは食い気味に力説を続ける。



「イーサン様ならばきっと、お嬢様をお守りできます」

「いやあ…どうかしらねえ…」



こんなにも真剣なアランに曖昧な返事しかできないのは申し訳ないが仕方ない。父や母よりよっぽど多くの時を過ごしてきた彼には、いつかは話すことになるだろう。でも今考え無しに伝える訳にはいかない。



ふと、そういえば監獄系乙女ゲームのヒロインである主人公のことを考える。確か「佐藤里奈」というデフォルトネームの、髪色も黒で日本人に寄せた風貌だった。ここまで思い出せているのに、顔だけはなぜか未だ思い出せないのだ。黒髪黒目もそれはそれでヒロインらしいカラーリングだ。


まあそんなことはどうでもいい。少し落ち着いたアランを見て私は、そろそろ本題を話そうとようやく彼に向き合った。

実を言うと、シュガー・エルンドラードの死よりもアラン・フロライトがこれから犯す予定の罪よりも、優先して話さねばいけないことがあるのだ。



「ええと、あのね。まず……、私が殺されるという記憶はあくまでも未来の記憶の一部なの」

「…それよりも大切なものがあるということですか?」

「察しの良くて助かるわ。……今から1年と少し先、この国で大災害が起こるのよ」



大災害、それはゲーム中で起こるもの。…正しくは、ゲーム中でキャラクターによって引き起こされるもの。原因不明の地震や火山の噴火、それに伴う気候変動。

死者の数や被害総額がとんでもない数字を記録したことが、ゲーム内ではただの1テキストであっさりと語られる。


とんだクソゲーだ。軽率に死者を出すことでお手軽に悲壮感を出そうとする薄っぺらいシナリオが、この世界を作っているなんて。考えたくもない。



「具体的に言うと、その大災害は魔法によって強制的に起こされるわ。まあ……ほぼ人災ね」



とはいえこの世界では、精霊やら大魔法やらが横行していたのはあくまでも昔の話。今では科学も発展し、魔法を使えるものは限られている。


しかし例外として膨大な魔力を使えてしまうキャラがゲームには登場する。私の知り合いではないので人柄は割愛するとして、こいつはどのルートでも10年の獄中生活で溜め込んだ魔力で大災害を引き起こし、主人公たちはそのどさくさに紛れて脱獄したり死んだりするのだ。


残念ながらその大災害が起こらないルートは無い。

前世で1周目クリア直前に大災害が起きたときに「私は何か選択をミスったのか!?」とあわてて攻略Wikiで調べて得た知識なので確実だろう。



「そんなに大きな魔法…一体誰が……。

……いや、でも待ってください。1年と少し先ということはお嬢様が死んだあとのことですよね」


「最悪の場合そうなるでしょうね」

「なら後回しにしましょう」

「なんてこというの……」



とんでもないことを言うアランを軽く叩いて、コホンと咳払いをし仕切り直した。



「お父様とお母様には、その大災害のことだけを伝えるわ。公爵令嬢としての世間体も申し分ないでしょう。災害が防げなくても、災害対策が事前に出来ているだけでかなり違ってくるもの」

「…お嬢様」

「さっきから辛気臭い顔してばっかりねアラン。私は剣でも大災害でも死ぬ気は無いから安心しなさい」



頭を撫でると不満げに目が伏せられるも、彼は何も言わない。なんだか大型犬みたいだ。数十秒くらい自由に撫でさせた後にとってつけたように「撫でないでくださいよ…」と言われてもなんの説得力もない。

気休め程度に整え、髪を耳にかけてやる。


主人の死が突然身近なものになって、混乱しているのだろう。こんなにも優しいアランの人柄も美しい銀髪も、全て一年後の監獄内での大恋愛のために設定されたものだと思うと、とても複雑だった。



「でもまずは大災害のことを最優先でいきたいと思っているわ。それが上手くいけば、きっと私の命も他の問題も流れで上手くいくはずだし」


「なんでちょっと雑なんですか…」

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