第4話
「痛ぇ!」「きゃ!」「いたっ!」
公園に三つの声が響いた。
ケイジ/いおり/はるまに、何かが降ってきた。
頭にあたった小さな球状のものは、地面を跳ねてころころと転がり、動かなくなった。三人は、大きな手で/細い指で/小さな爪で、それをつまみ上げた。
公園の地面に落ちた玉は、木の実のようにくすんだ茶色をしていた。持ち上げて街灯の光に透かしてみるとわかった。濁っているのは色のせいで、実際は琥珀色で透き通りキラキラと輝いていた。
「「「
どこから落ちてきたのかと見上げると、ようやく理解した。三人は全員、空に枝を張る大木の下にいたのだと。
枝を追って視線を下げていくと、それらは絡まって太い幹となり、最後は公園の真ん中にどっしと生えている巨木へと繋がった。木の周囲を取り囲むように、円の形をしたベンチが備え付けられていた。巨木はこの公園のデザイン的なシンボルだった。
三人は別々の方向から、引き寄せられるように公園の中央に歩いていく。それぞれの耳に、ざっざっと砂を踏む音が聞こえた。
誰かがいる。そして近づいてくる。夜の公園で他に人がいると思わなかった。暗がりに目を凝らしてみると、お互いの姿がはっきりと見えた。
(なんだ……子供が二人? しかもひとりは小学生じゃないか。こんな時間に何してるんだ。近頃は変なウィルスが流行ってるっていうのに)
(男の子と会社員。何だかあの人、体がフラフラしてる……)
(パパみたいなネクタイを絞めた大人と制服の女の人。あのお姉ちゃんの顔、何だか怖いや)
距離を置いて、それぞれを
「あなたたちも、この木に興味があるの?」
巨木の脇のベンチにひとりの老婆の姿があった。物言わず座っていたので、誰も気づかなかった。
「ふふ、きっとこの子が呼び寄せたのね。ほら、見て。今日だけでもこんなにたくさん落としたわ」
彼女がひろげた掌には、三人が持っている硝子玉に似たものがいくつも転がっていた。ただ大きさはどれも不揃いだ。
「これはね、この木が出した樹液が固まって、玉になって落ちてきたものなの。結晶というのかしら。琥珀色をしてるのはそのせいよ」
三人はあらためて自分たちの持つ玉を見つめた。次に他の二人が持っている、少しずつ形の違うものと見比べる。
「綺麗でしょう。でもね、それはこの大木の涙でもあるのよ」
老婆は語りながらすっと顔を木の幹に向けた。誘われるように三人も視線を落とす。
『□×区役所からのお知らせ この樹木は倒木の危険がある為、○月△日に伐採する予定です』
そんな看板がくくりつけられていた。声にならない驚きが、三人の息と同時に漏れた。
「木の半分が腐っているのがその理由ですと、役所の人は言っていたけれどね」
老婆の皺だらけの手が、愛おしそうに木の肌を撫でた。
「私は子供のころから……まだここに公園がなくて、ただの野原だったときから、この場所で遊んでいたの。早くに父を亡くしたせいかしら。この大きな木がお父さんの生まれ変わりのような気がした。結婚する時も、この木の前に立って報告したのよ。このままずっと私を見守ってほしかった……けれど生きているものには寿命があるものね」
もう何度も自分に言い聞かせているのだろう。彼女はうっすらと浮かんだ涙を手の甲で拭った。
「泣いたら駄目ね。だってこの木はまだ諦めていないから。体から宝石みたいな樹液を絞り出して、私やあなたたちに気付いてもらえるよう頑張っているもの。私には聞こえるの……『もっと生きたい』っていうこの子の叫びが」
ケイジは歯ぎしりして、こぶしを握りしめた。
いおりの表情から怒りの皺が消え、心から暗い感情が染み出ていった。
はるまは理由がわからないのに、ポロポロと大粒の涙を流して泣いていた。
「何度も区役所に行って、木を治して下さいってお願いしているけれど、おばあちゃんひとりの問題じゃないからって断られた。確かにそうかもしれない。だから私はできる限りこの木のそばにいることにしたの。この木が私にくれたものを皆に伝える為にね」
老婆が流した一筋の涙が、街灯の光に反射した。三人を見つめる表情は、どんな上司よりも/彼氏よりも/塾の先生よりも、威厳を持って輝いて見えた。
「あなたたちも心の中に大事なものを持って生きてね。辛いときに上を向いて、元気をもらえるように。暗い顔ばかりしていちゃ駄目よ」
「ばあさん……俺がやるよ!」
うつむいて老婆の話を聞いていたケイジが顔をあげた。
「ネットの寄付とかクラウド・ファンディングとかさ、やり方を考えてこの木を治すお金を集めるよ。なんたって俺にはその技術があるから」
「僕も手伝う……いまから家に帰ってパパとママに相談する。小学校の友達にも声をかけてみる!」
大人や小学生の奮起の言葉を聞いても、いおりは迷っていた。自分に何ができるか、すぐに思いつかなかったからだ。
「わたし……私も手伝いたいけど、何をしたらいいか、わかんないよ!」
戸惑う様子を見ていた老婆が、ゆっくりといおりの胸のあたりを指差した。
「その制服のワッペンについている学校のマーク、この木がもとになっているってご存知? 私も旧制の時代だけれど、あなたの学校の生徒だったから……由来をよく覚えているわ」
「がっこう……そうだ! 校長先生に相談してみる。それと……署名とかを集めればいいかな?」
「他のやり方もあるぞ……例えばメディアを使ってだな……」
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